愚かなるものの悲しみ

杉山龍丸(45)

 

私は、四年まえ、インドの餓死地帯を旅行し、未端の文盲で戸籍もない人々の

悲しみと苦しみの姿と声を、この身で体験した。この近代の文明の時代に、何の

救いもなく餓え死んでゆく人々の声と救いの方法は、たんに大規模な機械化のみ

でなく手工業や家内工業を発展させてゆくことにあると信じ、一つの具体的提案

にまとめ、自分の土地を売った費用でニューヨークの国連とパリのユネスコを訪

れた。私のような一民間人で地位も名もないものが、相手にされないだろうこと

は十分覚悟の上だった。

しかし、現実の国連は、各国政府の費用でそれぞれの政府の派遣した官吏で構

成され、全ての政策は、それぞれの政府から提案されたものを基礎に決定され、

それぞれの政府を通じて実施されることになっており、どうにもならなかった。

二週間余の滞在に、旅費の大半以上つかい尽し、雪の中を悲しみと憤りに身を熱

くしながら、しかし、餓えて死に訴えることの出来ない人々、これからの国際的

な戦火にまきこまれて、傷つき、倒れてゆく人々のことを思うと、私は二度三

度、国連を訪ねてアジアの実情を訴えた。

国連のある人はいった。国連は政府の機構によって支えられているから、民間

のあなたのいうような仕事はできない。

私は思わず叫んだ。私はこの仕事を好んでやっているのでない。I don’t like!

とテーブルを叩いた。私の瞼には熱い涙が噴き出てきて体には熱湯がつきあげて

きた。憤っては、万事休すと思いつつも、涙をかくし、憤りをしずめる煙草に

つける火、煙草をもつ手はふるえた。

三度目、雪は晴れてハドソン河の空は晴れていた。私は、国連旗のもとで、約

三十分、一時間も祈ったであろうか。

開発委員会のジェラルド氏に会い約三時間いろいろ説明し、お互に協力してゆ

きましようと、彼は私の労を慰めてくれた。しかし、私の心の底に冷たい悲しみ

が流水の固りのように凍てついてジェラルド氏の笑顔でも融けることはなかった。

私は国運の建物を足早に出て、暫くして振り返って見た。国家の政府の主権の

絶対性の上に、国連は建っている。国連は我々人類の文化が生んだ怪物であろうか。

ユネスコも同じであった。

イスラエルのエルサレムのキリストの聖地は、各国の王様や国々の寄贈による

寺院の建物、飾りもので覆われていて、昔を偲ぶよすがもない。

世界の危機は、二千年後の今日、再びキリストの犠牲を要求し、文化は血を吸

うのであろうか。何百万、何千万の人々の血と悲しみは大地に吸われて、これら

の人々の声は世に出てゆかないのである。このような声なき声が、世に聞かれ

るのは何時の日であろう。

月世界は夢の世界でなく、アポロ・人工衛星の轟音のみ人の世に響くのであろ

うか。

私は愚かなことをしたのであろうか。

愚かなのであろうか。

 

 

声なき声のたより 49号(1969810日発行)より

 

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