杉山茂丸(すぎやま しげまる)

1864(元治元)..〜1935(昭和10).7.19

 

 

注目理由

幕末に坂本龍馬が果たしたような役割(一民間人でありながら政府中枢と結びつき、国事に奔走)を

明治から大正にかけて担った人物。もっとも龍馬がいろは丸沈没の始末時に紀州藩を脅して大金を

巻き上げた様な『怪しい』働きも多々あり、色んな意味で坂本龍馬に一番良く似た人物だと思う。

一般的には玄洋社系の右翼と捉えられているが、本人も玄洋社のトップである頭山満も「違う」と

言い切ってますし、使い古された言葉ではありますが『政界の黒幕』としか言えない人物。

また、夢野久作の父にして杉山龍丸氏の祖父である。

 

その思想は表にあまり出すことがないのでわかりにくいが、鶴見俊輔氏の説が興味深いので引用させ

ていただく。(三一書房版 夢野久作全集3より)

『・・杉山茂丸という人物は、日本の民族が、日本人全体が一種の脳髄になって「骸骨の黒穂

(久作の作品名)」みたいなそういうふうな象徴を媒介としてお互いに感応しあって、要するに活力

を高めあって一緒にものすごい事業をしたらどうなるかって言う、そう言う賭をやってみたかったん

じゃないですか。(中略)そのためにはいまの固定した社会秩序というのはダメなんで、徹底的に

かくはんしてやっていきたいという考えがあったんじゃないかな。・・・」

 

 まぁ、まだまだおいらでは掴みきれない人物ではあります。

 

参考文献

(1)夢野久作全集−11 夢野久作 ちくま文庫 

茂丸についての著「父、杉山茂丸」「父、杉山茂丸を語る」「近世怪人伝」を収録。

父の背中に乗せてもらって海に入るというごく普通の経験にさえ、力強さと尊敬を

感じずにはいられない久作の姿が、彼の淋しい幼年時代を強く印象付ける。

また、近世怪人伝は「杉山茂丸」や「頭山満」といった著名人より、「奈良原到」や

「篠崎仁三郎」といったマイナー人物について書いた作品のほうがはるかに面白く、

話さずには居られないから書く』といった久作らしさが出ている。

特に最後の黒田武士、奈良原到は最高に面白い。久作の親友「奈良原牛之介」の父というのを抜き

にしても、狂乱の明治期を自らの信念を曲げることなく生き抜いた、この硬骨の老人に向けられた

暖かな尊敬のまなざしが心地よい。奈良原翁の言う「キリストは豪い奴じゃのう。(中略)日本に

生まれても高山彦九郎ぐらいのネウチはある男じゃ。」つー意見は『その信念を曲げることなく生き

たかどうか。』だけが男に対する評価基準である所がイカス。ちなみに、本人はかなり誉めてる

つもりらしい。(^^)

この本で最大の長編「梅津只圓翁伝」は新田次郎の「芙蓉の人」でしられる野中千代子のお父さん

の評伝。この人にして、この娘&娘婿(野中到)ありって感じで、とても良いです。

 

(2)夢野久作の世界 西原和海 沖積社 (→ 杉山龍丸

杉山家の後継者である杉山龍丸氏による『杉山茂丸の生涯』が掲載されている。

茂丸が好き放題した後始末を、バカにされながらも誠実に黙々とこなす父泰道(夢野

久作)を見て育った龍丸氏にしてみれば、茂丸は『業績の大きさは認めるが、家族に

すら本心を見せずに亡くなった哀れなくそじじい』らしい。茂丸の息子に対する扱い

はよっぽど酷かったようで、本当に怒ってますね〜。文中にある『家族との交流を

求めながらも、使命故にそれを切り捨てねばならなかった云々』は、茂丸に託して自分の家族への

思いを語ったのかも知れません。

 

(3)日本策士伝 小島直記 中公文庫

これまであまり語られることの無かった、日本最初の大資本家(つーか成金)である

「北九州の炭鉱長者たち」が日本の歴史に及ぼした影響について列伝の形で述べた本。

茂丸のアイデアで始まった石炭輸出が、日本における資本主義隆盛と大陸進出政策に

非常に大きな役割を果たしていたことが分かる。また従来誤った形で伝えられてきて

いた茂丸と「玄洋社」や「黒龍会」との関係を理解する際に大いに役立つ本。

歴史に残る大経営者「J.P.モルガン」とわたりあって一歩も引かないどころか、イニシアチブを

とって交渉を進める茂丸の話術と胆力が楽しい。(^^)

 

(4)明治の人物誌 星新一 新潮文庫 (→ 星一 )

学生時代からの親友に紹介された縁で、星一は生涯茂丸に私淑しており、茂丸と頭山

満の交流50周年祝賀会も星の企画による。茂丸の紹介により、星一は明治の有力者達

の知遇を得、人生を幅のある物としている。茂丸を敬愛する父を見て育ち、実際に会っ

た経験を持つ新一氏を持ってしても、茂丸の全体像を捉えるには到っていないが、茂

丸のスケールの大きさを伺い知るには良い本だと思う。この本は『星一を巡る人々』

 で有ると同時に『杉山茂丸を巡る人々』と読むこともでき、特に後藤猛太郎との同居生活は最高に

面白いぞぉ!!(^^)

 

(5)児玉大将伝 杉山茂丸 中公文庫

茂丸にとっても人生最大の大勝負であった日露戦争。ロシアの極東征服の野望から

日本を守るため、その開戦から戦後処理までをそれぞれの分野で死力を尽くした同志

が『児玉源太郎』。日露戦争は大山巌と東郷平八郎のおかげで勝てたように喧伝され

ているが実際の戦争指導者は児玉源太郎と見て良い。これは日露の戦費募集が高橋是

清と金子堅太郎の功績とされており、茂丸のことは知られていないのと同じである。

まぁ、本人達はやることやってほぼ目的を果たしたから、それで満足してるのだろうが・・。

児玉は基本的に他人を自己の目的を達成するための道具としか考えない茂丸が、心の深い所で信用

していたと思われる数少ない人物であり、彼しか知らない日露戦争秘話もたくさんあると思うが、

その種の秘話は全くないのでちとガッカリ。まぁ、趣旨が子供向けだからしゃーないか。話術の巧

みさは文体からも伺えるから、良しとしよう。

 

(6)夢野一族−杉山家3代の軌跡 多田茂治著 三一書房 

夢野一族こと杉山家を語るには杉山茂丸について十分に押さえる必要があると、しっ

かり認識して書かれているので、この本の1/3以上は茂丸の記録。茂丸の著作や

龍丸氏の『杉山茂丸の生涯』を元に校正を入れてくれており、現状もっとも利便性

良い杉山茂丸の本と思う。

 

 

(10)百魔(下) 杉山茂丸 講談社学術文庫 

龍造寺隆邦」の章は、幼少時に商家に養子に出されたため事業熱に取り憑かれ、

直情的な性格も相まって、能力がありながらも、それを存分に活かすことが出来ず

若くして亡くなった弟へのオマージュ

「結城虎五郎」は頭山、茂丸と共に活躍した人物。金銭感覚と処理能力に優れた果

断な性格で、後の二人に欠けている部分を上手く補い、玄洋社等の活動を支えた。

共に「断指の誓い」を立てた三人の写真は「夢野久作の日記」に掲載されている。基本的に他人を

見下している茂丸も結城は別格(というか自分と同格)と見なしており、結城の借金のために実弟

の駒夫を勝手に林家に養子に出すほどである。このことで父に厳しい叱責を受け、金属製のキセル

で殴られて頭を割られたりしてるが、そら、怒るって。(←これはおいらの誤認っぽい。ごめん)

 

(13)夢野久作の日記 杉山龍丸 葦書房 

多くの人の要望を受け、久作(杉山泰道)の全体像を押さえるカギとなる資料として

日記だけでなく彼のスケッチや絵画、書などの作品を含めてある。杉山家資料の中に

茂丸の写真も多数掲載。高血圧による眼底出血後久作との距離が縮まり、息子の生き

方や考え方を知ることで、表だって云うことは出来ないが彼を事実上の真の後継者

して認めた暖かい交流が伺える。それまで専制君主とも云うべき父の事後処理を、久作

が家族が呆れるほどの誠意を持って押し進めることが出来たのも、この最初で最後の親子の交流が根

底にあったのだろう。

 

(14)筑前玄洋社 頭山統一 葦書房 

頭山満の孫、5.15事件の頭山秀三の息子である著者が、玄洋社直系として、語ら

れることの無かった玄洋社の秘史を語った著作。これまで病死とされていた箱田の死

が自決であったことが初めて明かされていることで知られる。熱いがロジカルで理路整

然とした語り口で、ぐいぐい読ませる好著。当然、頭山満贔屓ではあるが、傍目には

その場の雰囲気に流されて、何も考えていないようにすら見える頭山満の背景に、明確

な「指針」があるとしており、それが説得力を持った語り口で提示される。事実かどうかはさておき、

あのわかりにくい頭山満の背景をここまで読みとった点は、直系だからというだけでは到底無理で、

この推察に費やした凄まじい時間と労力を思うと、その凄絶さに敬意を表さずにいられない。個人的

には、悪名高い「選挙干渉事件」と、箱田の死につながる、紫瞑会、佐々友房との交流の背景描写が

興味深かった。玄洋社に興味のある方は必読。これだけの知性と覚悟を持つ著者が最後には自殺され

たことを思うと、非常に切ない。

 

(15) 俗戦国策 杉山茂丸 大日本雄辨会講談社 

ようやく手に入れた百魔と並ぶ茂丸の主要著書。連載の関係か同じような主張の繰り

返しが多いが、その点を除けば茂丸の政界及び軍界、経済界での暗躍ぶりが、ある程度

赤裸々に語られており、個人的には百魔より面白かった。(つまり、そーとう面白い)

伊藤博文や山縣など幕末に死生の境をくぐってきた人物達について、欠点だけではなく

その背景にある覚悟や人間としての大きさが語られており、興味深い。特に伊藤博文

の、何度も教えたり教えられたり、命をねらったり救ったりする関係がイカス。伊藤の過去の確執に

拘泥せず、自らに非があることを知れば、素直に受け入れる姿は特筆もの。また歴史的には余り良く

語られることのない、星亨、佐々友房との交流と彼らから示された行為と温情に茂丸が報いる過程は

必読。この本で児玉源太郎の茂丸からの電報を握って笑ったままの死が語られているが、他の人物と

比較しても茂丸にとって児玉大将はやはり特別な存在なのだなぁと感じる。それとなく似ている挿絵も

個人的には好き。すご〜く面白いので、どこか復刻してくれませんかねぇ。

 

(16) こだま(記念号) 児玉神社社務所 

児玉源太郎の死後、大将の威徳を忍び、神として祀るべきだと信じる茂丸が建てたのが

児玉神社。茂丸の生前ですら、借金のカタに神社が差し押さえられたりしてますが、茂

丸の死後も火災があったり、祭祀の継承が行われなかったりして荒れ果てていたそうです。

本著は縁あって、江ノ島の児玉神社の宮司になり、20年以上に及ぶ悪戦苦闘を経て、

復興の軌道に乗せつつある、女性の宮司さん(山本白鳥宮司)による、児玉神社復興の

記録。児玉大将生誕150年記念に編まれた。本年は日露戦争100年にあたり、大祭が予定されて

いるとのこと。

 

(17) 杉山茂丸−明治大陸政策の源流 一又正雄 原書房 

国際経済の研究者による茂丸研究の遺稿。著者の茂丸に対する思い入れの光る名著。

遺稿をまとめた友人と、このマニアックな本の出版を引き受けた出版社の心意気がイ

カス。「俗戦国策」を主とした記載だが、同じ事件に対し、茂丸の見解(手柄話)と、

それと対立する政党人視点として「原敬日記」が常に引用されているところが上手い。

研究書としては、思い入れが強い為か若干公平性を欠く嫌いがなきにしもあらずですが、

茂丸の政治活動の軌跡を押さえるには非常によい本。ネット古書だとたまに見つかるので、見つけ

たらゲットしておきましょう。

 

(18) 山座円次郎伝−明治時代における大陸政策の実行者 一又正雄 原書房 

ガン闘病中であった著者が「杉山茂丸」の前に出した、玄洋社の系譜に連なる異色

の外交官山座円次郎の研究書。どちらかといえば茂丸研究の派生書といった内容。

日清、日露(特に日露戦争前後)の外交に、小村寿太郎と共に尽力し、将来を期待さ

れながら、北京にて急逝した。内容は「杉山茂丸」とかなりの部分が重複するが、

田弘毅関連の書にはかなりでてくるとはいえ、山座個人に関する書物は少ないので

貴重。山座家からでたという資料は重要だが個人的には、座談会の厳しい突っ込みが興味深かった。

玄洋社という組織が、「思想」を核とした組織ではなく、気の合う人間同士の信頼関係を軸とした

緩やかな連帯関係と見るのは、はなはだ的を得た指摘と思う。あと、講和反対の焼き討ち事件に関

しては、小川平吉の資料が興味ぶかいですね。

 

(19) 山座円次郎 長谷川峻 時事通信新書 

龍丸さんや桑原さんの先輩筋に当たり、進藤一馬先生と共に、戦後、玄洋社系保守政治

家として活躍した長谷川峻氏によってかかれた、郷土の先輩山座円次郎の最初の伝記。

新聞記者時代に書かれたものなので、幾分かの誇張はあるものの、山座の剛胆かつ緻

密な人物を愛情と尊敬を込めて描いた好著。死を覚悟した小村寿太郎が、山座に伝え

るべく口述した日露戦争後の施策方針の中に「博多港築港計画」があり、茂丸の進める

同様の計画の参考になることを伝えに、山座が茂丸宅をふらりと訪れるエピソードが記されている。

両者の気心の知れた関係を垣間見ることが出来、興味深い。対支那政策のうち大失敗とおいて良い

対支二十一箇条要求」もバランス感覚に富んだ山座がいれば提示されることはなかったかもし

れないことを思うと、早すぎる死が本当に惜しまれる

 

(20)星亨−藩閥政治を揺るがした男 鈴木武史 中公新書 

貧しい町医者の養子として育ち、苦学の後、日本最初の国際弁護士資格(バリスタ)

となり、政党政治の勃興期に「押しとおる」と称された、行動力と政治手腕で名を

馳せた人物。関係する移民会社や銀行から引っ張り出した資金を元に、政党や東京市

議会を牛耳った手腕が災いし、金権腐敗政治の元凶とみなされ、雄図半ばにして剣客

伊庭想太郎に暗殺された。茂丸は「首浚い組の棟梁」をやっていた無頼青年期に、自

由党系の新聞発行に悪戦苦闘している星亨と知り合い、その後も政治見解が一致する事は一度も無

かったものの、お互い友人としての好意を持ち続けた。茂丸は星亨の死後、関連銀行の整理を行い、

自らの著作の中で星の名誉回復に努めている。著者が研究者ではなく星と同じ弁護士ということも

あり、表側の資料を基に星の政治的変遷を主にまとめられている。政治活動の流れを知るには便利。

残念ながら茂丸は人物、著作共に取り上げられて無いですが。(^^;

 

(21)祖父・小金井良精の記()() 星新一 河出文庫 

星新一さんが著名な解剖学者であった祖父・小金井良精の日記を元に明治の近代医学

黎明期と自家の歴史を綴った作品。茂丸は、良精の娘婿「星一」の師でもあったので、

「杉山茂丸」の章を設け、故人の意思で行われた病理解剖の記録が昭和10年7月20

日の日記として記載されている。これまでは星新一の作品の中では入手困難な「幻の

一品」であったが、何と文庫化!その英断には敬意を表したい。

 

(22)李容九小伝−裏切られた日韓合邦運動 西尾陽太郎 葦書房 

茂丸の最暗部「日韓併合」に関して韓国側のキーとなる悲劇の人物が本書の主人公

李容九」。東学党の流れを汲む親日組織「一進会」の会長。国力差による強制的

併合によって祖国が「植民地化、奴隷化」されるのを防ぐべく、対等的立場での

「日韓“合邦”運動」を茂丸、内田良平、武田範之らと共に推進した。李らの狙いは

連邦国家」であったが、地政学的観点から形は問わず「日韓の一体化」を少しで

も早く進めたい茂丸ら日本人同士と、「韓国併合」の方針を決めてはいるが、条約規定上強制的な

併合が困難な政府要人(桂、寺内、小村ら)とのパワーバランスから、運動は李のもっとも危惧し

ていた「日韓併合」にすり返られ、利用され、打ち捨てられることとなった。李は爵位を受けず、

病を得て療養先の須磨で「杉山さん、欺かれました。」と見舞いに来た茂丸に告げ、絶望と諦念の

うちに亡くなった。祖国では今だ「売国奴」と罵られ、糾弾される悲劇の人物を表裏の資料を駆使

して描き、再評価の狼煙を上げた良書。これだけ茂丸が出てくる歴史書は無く、茂丸の理想化肌と

冷徹な現実主義者の両面がうかがえる。これを出版してる葦書房も凄い。必読です。

 

(23)父は祖国を売ったか 橋本健午 日本経済評論社 

李容九の唯一血の繋がった遺児、李碩奎こと「大東国男」氏の伝記。父の死後、併

合の功労者として爵位を得た宋秉o伯爵の政治的人質として、身寄りの無いも同然

として、日韓を行き来させられて育てられる。大人達に翻弄され己の出自に自信を

得ることも出来ず、不良学生、アナーキスト、黒龍会や226事件関係者との交流を経

て、戦時体制に移行する中、京城で伊藤博子と結婚。終戦後、日本に帰り日韓会談促

進会など、佐藤栄作による日韓条約批准に向けて民間人として奔走した。1937年、国男の後見人

でもあった内田良平が、死の1週間前に「お父上の素志を実現できなかったばかりか、同士を

裏切った思い、誠に申し訳なかった」との詫び状を送っていたことが最後に明かされている。

正直、不肖の息子であろうが、何処と無く憎めない人物ではある。

 

(24)浄瑠璃素人講釈()() 杉山其日庵 岩波文庫 

浄瑠璃愛好家にして優れた批評家でも会った茂丸の芸道関連の代表

的著作が21世紀の世に文庫として再登場!やってくれるぜ、岩波

文庫!!しかも、旧来の版に比べて内容も増補のうえ、充実した注

釈は茂丸の交友関係を把握する上でも役立ちます。

上巻では浄瑠璃の修行にのみ打ち込んだ結果、前受けが悪くて給金

の取れぬ芸人になりながらも、死ぬまで芸に対する謙虚さと研究心を失わなかった、三代目竹本

大隅太夫への賛辞「義経腰越状」がイカス!下巻には「百魔」の登場人物中、最高の人気を誇る

「猛さん」こと後藤猛太郎が登場。向島の茂丸宅に転がり込んだときに、愛人だけでなくお抱えの

三味線引き(五代目鶴沢仲助)を茂丸に引き取ってもらうのも凄いが、あれだけ大見得を切ってる

割には、猛さんの浄瑠璃語りは、キーがふらふらしてて、あんまり上手くない様子。名人(大隅

太夫)を前に自分のへなちょこ義太夫を、臆面もなく聞かせる極楽トンボのボンボンぶりに、茂丸

と仲助が本気で困ってるのが可笑しいです。(^^)

 

(25)杉山茂丸傳−もぐらの記録 野田美鴻 島津書房 

茂丸の次女、多美子さんと結婚した石井俊次さんの親族で、二人を親代わりとして

成長した著者が、大恩ある「おぢ」と「おば」への感謝の念を込めて、まとめた

茂丸の伝記。俊次さん、多美子さんを介して実際に茂丸に接したことのある著者の手

で、複雑怪奇な茂丸の生涯が手際よくまとめられている。あっしは、あえてこの本

を読まずに茂丸について調べてきたので、これだけの調査内容をまとめるまでに必要

だった苦労が実感でき、実に大変だったことと思う。比較的入手も容易なので、茂丸に興味のある

方は是非一読を。531Pから始まる後記では今は亡き「おぢ」について言及しており、ここが本当に、

著者が書きたかった所と思う。これまでは久作関連の文書からクールな医者のイメージであった石井

舜耳さん(俊次のペンネーム)が茂丸のお眼鏡にかなっただけのことはある、豪胆で国士的な度量と

ユーモアを兼ね備えたいかにも福岡県人らしい人物として、敬愛あふれる筆で書かれており、貴重な

記録となっている。

 

(26)お鯉の生涯 祖田浩一 筑摩書房 

「目千両」と謳われた容貌で知られ、戦前の歌舞伎界の大立者「市村羽佐衛門(当時

は家橘)」の妻を経て、桂太郎の愛妾となった芸妓「お鯉」こと安藤照子の生涯を描く。

茂丸は、桂が妻の嫌忌に触れ一時的にお鯉と別れていた時に、落剥したお鯉の生活に

同情し、再度二人の中を取り持ったり、桂の死後、桂家の財産管理人として(いつも

のように)尊大な態度を取れば皆ひれ伏すと思っているちょっと勘違いした元老の井上

 馨とお鯉の間を取り持ち、幾許かのお金がお鯉の手に渡るようにする人物として登場。いたずらも

するが基本的に良い人役。お鯉は桂の死後、経済的には恵まれず、最後は頭山満の勧めもあって目黒

の羅漢寺に尼僧として入寺する。個人的にはあの羽左衛門の若い時のロクデナシっぷりが、興味深か

った。

 

(27)大熊浅次郎君追悼録 高野孤鹿 大熊浅次郎君追悼録編纂所 

河内卯兵衛と共に杉山茂丸の左右大臣と謳われ、茂丸の立てた博多湾築港という

大計画の際に現地で事務を取り仕切り、寝食を忘れて献身した人物。晩年の杉山

家の家政にも深く関与しており、茂丸の死後、東京に住む幾茂さん(茂丸の妻)ら

の処遇について、相続者たる久作に色々もの申していたことが杉山文庫の書簡等に

残ってました。

 

(28)夢野久作−方法としての異界 百川敬仁 岩波書店 

ドグラマグラの読解に始まる夢野久作論だが2章で取り上げられる茂丸の天皇論、

武士道美意識論が秀逸。特に天皇と人民の間に介在物(藩閥、政党など)を置か

ない茂丸の考えを、聖書を介して神と個々がダイレクトにリンクする“プロテス

タント的天皇制”とおく視点は判りやすくて良かった。橋本欽五郎を長とする

陸軍の青年将校らへの肩入れも、あのリアリストの茂丸が、なぜ頭の悪い天皇制

ユートピアンに肩入れするのか理解できなかったが、プロテスタント的天皇制主義者として、

彼らと同じ考えを持っていたと考えると理解できた。しかし、プロテスタントの拠所たる“聖

書”に相当するものが無く(聖勅では正直力不足だ)、天皇が肉体を持つ個人である以上、

クエイカーの様にダイレクトリンクを実感するすべも無い事が、理論構造上の大きな欠陥で

あると思う。まぁ個人が胸の中に抱いて生きるある種の幻想としてであれば問題無かったのだ

ろうが。個人的には村上春樹と久作の比較も、同じような読書経験を持つ者として面白かった。

 

(29)実録吉田磯吉伝−侠客の条件 狩野健治 双葉新書 

ガキ大将だった茂丸の幼馴染(もちろん茂丸がジャイアン)で、石炭を運ぶ川舟

の船頭から身を起こし、九州一のやくざの親分となり、国会議員も勤めたのが

吉田磯吉。茂丸の見えざる実力の内、暴力的背景を担った人物。日本郵船事件

では、会社の乗っ取りを目論む政友会に対し、山県有朋の要請を受けた茂丸が打

った電報により、配下の“炭鉱太郎”と呼ばれる荒くれ者達を率いて上京。乗っ

取りを防ぐ活躍を見せた。この事件は実力者として知られる吉田磯吉にとってもかなりの大仕

だった模様。本著はちと贔屓の引き倒しの感が無いことも無いが、原則として炭鉱地におけ

る暴力集団発生の歴史的背景やその実態、人間関係を古い資料の綿密な読解と実際の聞き取り

調査に依って書かれており、主観が強く、粗い手触りではあるが良くできた本と思います。

 

(30)百魔続編 其日庵杉山茂丸 大日本雄弁会講談社 

茂丸の代表作である「百魔」の続編。百魔が茂丸のほぼ同年輩である朋友達の

列伝とすると、こちらは幼い茂丸に心意気を植えつけた年長者達の記録。禄を

辞して知行地に引き篭もった三郎平(茂丸の父)を支える義侠家、人生を飲んで

飲んで飲み潰して生きた叔父信太郎、茂丸の武道(というか士道)の師など歴史

には全く残らない無名の士人達の侠気を伝える。茂丸自身の幼少の記録として

も重要。唯一茂丸の同年輩として登場する中村精七郎は博多湾地区工計画におけるスポンサー。

計画凍結となり一敗地に塗れたものの、再起を期している両人の心境が伝わってくる。

 

(31)彷書月刊−神出鬼没 杉山茂丸 20058月号 彷徨社 

雑誌で茂丸の特集が組まれるとは、ホント凄いなと(笑)。インパクトの有る若

き日の茂丸の写真(男前)を表紙に配し、既に読んだことの有るような内容もあり

ますが、中々に充実の内容。初心者からディープ茂丸ファンまで満足できる構成

に成っていると思います。義太夫関連と雑誌出版、日活との絡みへの言及は優れた

内容と思いました。これを期にあっしも義太夫の世界にちょっとだけアプローチを

開始した位ですから。(^^)

 

(32)當世策士伝 鵜崎鷺城 東亜堂 

大正3年11月に初版発行。幕末維新の頃から当時にかけて、政財界に名を馳せた

著名人たちを「策士」という切り口で語った書。江藤新平や川上操六、陸奥宗光

と言ったメジャーな政治家や自由党の党人等、基本的に政治系の人物について著者

一流の辛口コメントで斬っている。茂丸は政治家でも実業家でも浪人でも無いのに

美服を身に纏い、大邸宅に住む興味深い当代の怪物一種の策士として取り上げられ

ている。コメントは辛口といえば辛口だが、自由党の面々を斬った冴えは見えず、その手際の見

事さにちょっとあきれている感じに書かれています。

 

(33)近世快人伝 吉田公正 九州公論社 

馬賊にあこがれて密航を企てて修猷館を繰り上げ卒業の名を借りた放校となり、終戦

までの10年間匪賊宣撫を生業として満洲で送った玄洋社縁の著者が、玄洋社を支え

た人々について、同名の著を含む久作の玄洋社関連の文章と茂丸の百魔正

から抜粋してまとめた書。これらの引用以外の新情報は殆ど含まれておらず、ちょっと

オイオイって感じの内容ですが、趣旨は玄洋社の人々の顕彰で有り、著者自身も茂丸の

浪人としての覚悟に心惹かれる玄洋社の関係者みたいですので、あまりうるさく言われなかったの

でしょうかねぇ。上記三冊が手に入るようであれば、あえて読まなくても良いです・・。あと、久

作の「近世快人伝」は傑作ですが、どうせ読むなら葦書房の夢野久作著作集5で読んだ方が良いと

思います。

 

(34)義太夫盛衰論 副島八十六 財団法人大日本浄瑠璃協会 

茂丸に義太夫論を吹っ掛けにやってくるほどの義太夫狂(本人曰く酷愛する者)である

著者による義太夫論。著者の友人にして論敵である茂丸(杉山其日庵主人)の「義太夫

節に対する暗鉄砲論」を含む。“墨一色で書かれた山水画同様、それが自然界に存在し

えない虚構的内容を、確固たる信念を持って身を粉に砕く永続的努力鍛錬を続ける事

で人間は超越する事が可能で有り、その作品(演目)は見る者をして事実以上に興味や

感動を与えうる“という茂丸の芸と修行に対する意義と信念がより平明に語られている。茂丸の絶賛

する三代目大隈太夫の死去前後の騒動も別に記されており「浄瑠璃素人講釈」に感銘を受けてから読

むとかなり楽しい本です。

 

(35)−第一巻第七号 大正八年七月号 博文館(画像クリックで中身読めます)

博文館発行の文庫本サイズの雑誌。茂丸による「世界を震駭すべき対馬海峡地下

鉄道」を掲載。茂丸が九州と本州を結ぶ関門海峡海底連絡鉄道の企画、推進者で

あった事は一部では有名ですが、その企画時に他の海峡についても調査しており、

津軽海峡朝鮮海峡を重要候補に上げていたとのこと。関門海峡は関門トンネル、

津軽海峡は青函トンネルと実現化されています。本項では、佐賀県の呼子から発し

て、壱岐、対馬を縦走し、朝鮮半島は釜山に繋がる大鉄道トンネル開鑿の企画、調査を関門

トンネル計画の同志らと行っている事を述べて、国民の協力を要請している。我々の計画でやれば

関門トンネルなど政府計画の半分以下の工期(3年)で出来るのにと豪語する茂丸すら、総工期

30年、総予算2億5千万円と見積もり、“斯して初めて我国は島国の位置から大陸の一部となる

のである。“と号する破天荒の大事業計画です。

 

(36)近世秘譚 偉人竒人 (霞南)小松緑 學而書院 

アメリカで学び、明治政府の外交官、伊藤博文朝鮮総督の部下として活躍した後、

著述家となった小松緑がこれまでに書いた人物評論をまとめた本。その中の1篇

星亨と杉山茂丸−政客乎侠客乎」で、世間では不当に悪人視されている嫌い

のある星亨とその友人でもある茂丸を取り上げ弁護している。当時一般の人達

に星亨や茂丸がどのように見られていたか、そして裏の事情を知る人物は彼らを

どう捉えていたかを知るには良いと思う。他の人物評では、アメリカに向かう野口英世の姿と

茂丸の弟子ともいえる林きむ子の最初の結婚を描く「きん子と輝武」が興味深かったです。

「星亨と杉山茂丸」は相互リンク先の「其日庵資料館 文献復刻」で実際に読む事が出来ます。

 

(37)大正美人伝−林きむ子の生涯 森まゆみ 文春文庫 

頭山満や杉山茂丸が個人事務所としていた「浜の屋」の養女であったきむ子は、

茂丸から「泥のなかに咲く蓮も、水上の美しさより、隠れた根の方がずっと

長く立派で、そこにこそ真実の力が潜む」と教え諭される。美しく成長した

きむ子は大方の予想を裏切って星亨の舎弟分の政治家“日向輝武”の正夫人となり、

大正三美人と称された。茂丸は星亨の死後、京浜銀行整理の際にも日向らを指揮

して混乱の収拾に当たっている。日向の狂死後、非難を受けながら再婚し、舞踊家として身を

立てた彼女は、茂丸を生涯の師と仰いでいる。

 

(38)現代−第八巻第十一号 昭和二年十一月号 大日本雄弁会講談社 

茂丸が星亨の事を書いた「俗戦国策」を掲載している号。貴人顕人を持ち上げる記

事の多い中で、誤解がもとで非業の死を遂げ、死後も悪名を背負ったままである

友人の真価を後世に正しく伝えようとしている姿勢がイカス。星の欠点が、あまり

にも見通しが良く、経綸にも長けている上、物事の結果を性急に求めすぎた点に

ある事も取り上げながら、世に残した業績の大きさと、誤解されがちではあるが、

私利私欲が無く、情に厚いかった星の人柄と真価を記す。

 

(39)乞食の勤皇 杉山其日庵主人 台華社 

縁あって庵主(茂丸)の所持するところとなった短刀の由来を発端に、足利尊氏の

九州落ちに際し、勤皇の志から徒党を組んで尊氏を討たんとした為に故郷を追われ

肥後の国平戸島に逼塞して亡くなった名刀工乞食左文字こと平戸七郎三郎盛廣と、

「見かへれば大路の櫻さきにけり 君が御園の春やいかにと」いう歌を頭陀袋の中

に入れて慶応2年の春に大宰府で行き倒れて死んだ名も無き乞食を実例としてあげ、

茂丸が本意とする勤皇の志の有り方を説く。三郎平−茂丸−久作と連綿と続く杉山家の勤皇思想

を正面から取り上げた書で有り、茂丸から話を聞いて感激し、本としてまとめる事を奨める息子と

して久作も登場。茂丸の元老達との付合いにおける心構えも記されており、中々に重要な書。世

の茂丸暗殺黒幕論者とかも入手してちゃんと読め!とか思う。

 

(40)義太夫論 杉山其日庵 台華社 

茂丸の大患からの回復を祝して門下生の本郷作太郎がまとめた本の1つ。茂丸の他

の義太夫論が演者の心構えについて説いた項目が多いのに対し、近松門左衛門のス

トイックな執筆振りや、盲目となっても執筆を続けた馬琴、著作の為に辻堂に寝起き

して乞食と間違われた三好松洛を例に上げ、現代の著述家に彼らほどの気概と死生

の覚悟があるかと問うている。この事は息子の久作が、図らずとも托鉢坊主や放浪

を経て、作家になった事を思うと感慨深いものがある。義太夫がその荒唐無稽さと平明さにより、

かえって民衆におけるモラル意識の向上に多大な成果があったという論点は、現代における漫画

の影響力の大きさと比して考えると、ジャンプ全盛期“人生で大事な事はすべて北斗の拳から学ん

だ”と言って良い世代のあっしには大変面白かったです。

 

(41)関門海峡鉄道隧道開通と博多−昭和176月 福岡市役所商工課 

関門トンネル開通を直前に控え、福岡市の現在の姿とこれからあるべき発展形態

について、福岡市が制作した小冊子。戦時中という事も有り大東亜共栄圏云々を声

高に称しているのが煩わしいが、茂丸も推し進めた博多湾築港や埋め立てなど後に

実現化した内容も多い。茂丸のぶち上げた朝鮮半島と海峡隧道で接続する案が将

来の大計の一つに明示されているのに吃驚。今となっては夢物語ですが当時は市役

所とかでもその必要性を認識していた事がわかります。

 

(42)桂大将伝 杉山茂丸 博文館 

位冠を極めた公爵桂太郎の生涯を盟友にして死後の後始末にも奔走した茂丸が

大将伝に続いて著述した伝記。児玉大将伝同様、公(おおやけ)の伝記の為、茂

丸自身の活躍については触れられていない。冒頭の自序に元老と政党の両者に攻

められるのを厭い、初の首相就任を嫌がる桂に“お前を担いで日露戦争をやる

と決断を迫る児玉源太郎とそれを快諾する桂の会談の場に居合わせた記載にのみ、

茂丸自身も登場。この名場面は、「夢野久作をめぐる人々」の「桂大将伝自序」で読めます。

一般的評価もそうですが茂丸も宮内大臣になった桂が再度内閣を組織しようとした事は、失敗

だったと考えている様子。あと、山本権兵衛がいやな奴っぽく書かれてるのが興味深いです。

 

(43)名流百道楽 双楓楼同人 博文館 

100人の当代の著名人達の密かな道楽について、主として聞書きの形でまとめた

書。後藤新平(かつぎ道楽)、日向きむ子(へび道楽)や小金井良精(解剖道楽)

など、茂丸関係者と共に、茂丸自身が“刀剣道楽“家となった由来を語っている。

生来の暴れ者ゆえ刀剣に触れる事を硬く禁じられていた9歳の茂丸が、年長の上士

の子と喧嘩になり、肥溜めに突き落とされたことに怒り、若党の脇差を奪って相手

方に殴りこみ、肩と腕に傷を負わせた。当然、激しい折檻を受けたが、刀というものは覚悟が

あれば辱める者を斬ることができる実に愉快なものだと感じたのが、刀に取憑かれた経緯とか。

 

(44)歴史公論−第二巻第十号(昭和八年十月一日発行) 雄山閣 

歴史公論の「日本刀剣の研究」特集号。杉山其日庵の「日本刀切味の神秘」を

掲載。“杉山茂丸先生の刀剣に関する話は、新聞雑誌の記者がおしかけて一度も

得られなかったもの、本誌に得た事は吾等の光栄とする。“と編集後記に記され

ている。日露戦争の講和特派大使である山縣元帥一行に加わって満洲に派遣され

た際に受け取った、旅順攻撃の際にロシア兵の鉄砲5挺を切り捨てて戦死した

陸軍大佐の刀を例に挙げ、軟らかい鐵で鉄砲の銃身の様な硬いものを切ることの出来る日本刀

の切味の神秘について語っている。

 

(45)はきちがへ 下村海南 四條書房 

大正4年の台湾総督府民生長官時代から茂丸と親交のあった海南こと下村宏

エッセイ集。冒頭に“杉山茂丸と秋山定輔−人形と人形つかい”を掲載。

済のわかる国士として、日清日露の両戦役前後に黒子として参画した茂丸を文

楽の名人形遣い吉田文五郎、吉田栄三に比して好意的に記している。なお、副題

は茂丸の事を現しているだけで二六新報の秋山と茂丸の関係を表しているわけで

はない。

 

(46)李容九の生涯−善隣友好の初一念を貫く 大東国男 時事新書 

実子、大東国男氏による最初に出版された李容九の伝記。日韓の国交正常化より

前に書かれたという時代背景や、当時、大東氏自身が国交正常化交渉に民間レベル

で尽力していた事も有り、晩年の氏の言動と比較するとかなり温和な内容。李容九

宿願や悲劇性は十分に感じ取れますが、今となっては“李容九小伝を読めば、

無理して、この本を読まなくても事足りるか。巻末の“東学党蹶起の檄文”日韓合

邦上奏文並びに声明書“などの資料は貴重かと思います。

 

(47)素女物語 守義雄 蒼林社 

本著は茂丸が贔屓にした女流義太夫の名人竹本素女の半生記。初代

竹本長廣の弟子、竹本広江は名人鶴澤友松の元で稽古を積む中、友松の知人

である剣客小美田隆義百魔の劉宜和尚)に頼み竹本素女と改名する。芸を

極めんと東京に上った素女は小美田から親友の杉山茂丸を紹介される。初めは

「所詮素人のいう事」と真面目に取りあわなかった素女だが、次第に茂丸の

大きさと義太夫にかける真摯な思いに感服し、師と仰ぐ様になる。昭和9年東京の女義を

率いて大阪の文楽座で公演を催す事となった。病床にあった茂丸は「おれは死ぬかも知れん、

だがお前は文楽の舞台を棄てるのではないぞ、俺が死んでも立派に勤めてこい。」と素女を

励まし送り出す。翌年の夏、茂丸は亡くなるが、素女は女義として始めて日本一の大舞台で

ある松竹歌舞伎座杉山茂丸翁追悼会を開き、三階席まで埋める満員をとり、師の恩に報

いた。素女も芸一筋、お愛想の一つもいえない茂丸好みのキャラクターなのが微笑ましく、

当時の茂丸が芸道でも大きな存在であった事が伺える。

 

(48)知られざる芸能史 娘義太夫−スキャンダルと文化のあいだ    水野悠子 中公新書 

明治の世、学生から著名人まで皆が夢中になった芸の花形、娘義太夫。熱狂的

人気、華やかさ、スキャンダルなど現代芸能世界のはしりともいえる女義の

歴史とその変化について、実際に女流義太夫の興行界に身を置いていた著者が

まとめたのが本著。庶民の娯楽であった義太夫が寄席を追われ、伝統芸能とし

て格上げされる中で、世間との敷居が高くなっていったという説には説得力が

あり、大変よく出来た本です。素女は戦前、戦後にかけての女義の大立者として取上げら

れる。芸は凄いが、人付き合いが悪いというか、あまり業界全体の事を考えて動くというタ

イプの人じゃないみたいですね。

 

(49)黒旗水滸伝−大正地獄編(上、下) 竹中労著、かわぐちかいじ画 皓星社 

竹中労氏が若きかわぐちかいじ氏の画力をもって送る大正裏面史。茂丸はちょび

髭で日本刀を振り回す奇人の策士として登場。「百魔」と龍丸さんの筆になる

「杉山茂丸の生涯」位が参考文献だけあって、まぁ、正直かな〜り適当甘粕

正彦とも関係があり(まぁそうだけど、時期が違う・・)、小日向白朗、江連

力一郎、岩田富美夫、伊達順之助4名を頭山満(川島浪速と混ざってる・・)

と相談の上、支那に送り込むという人選にいたっては、俺を笑わす為に書いたのか?と目が

点に。ありえへん・・。(苦笑)基本的には大杉事件によるアナーキストらの死と組織の

壊滅が主題。これらテロリスト漫画を描き続けていたかわぐち氏が“最後に主人公が死んで終

わるだけではどうしてもストーリーが痩せてしまう”事に気づき、「沈黙の艦隊」に代表さ

れる群像劇に移行して行ったという上巻のインタビューは貴重。その視点で見ると、「獣のよ

うに」などは、氏の力量が確実に上がった事を示す作品とも言える。フィクションと割り切れ

ば読めなくは無いが、まぁ、頭でっかちな印象は否めない。しかし、意外とこの本の茂丸のイ

メージを持っている人って居るのかもしれませんな。

 

(50)暗殺・伊藤博文 上垣外憲一 ちくま新書 

「雨森芳洲」などの著作で知られる日韓交流史研究者の手になる著で伊藤博文暗

殺が安重根らではなく、杉山茂丸と明石元二郎の示唆によるとする説をあげて

いる。前半は一応、併合の機運にまでいたる日韓史をわかりやすくまとめていると

思うのだが、第四章に突入したとたんにメタメタに・・。証拠となる文献の記載を

直接挙げるのではなく、「私にはこのように感じられる」といった論述や都合の良

い抜書きが主となってしまっており、ゲリマンダーも甚だしい。大学教授の著者は学生がこの

論述でレポートを書いてきてもAとかつけるのであろうか?詳細はこちらに譲るが、正直この

時点の著者は茂丸、内田良平、山座ら玄洋社関連の人物についてあんまり良く調べて無いとし

か思えない。「李容九小伝」は読んでいるが「俗戦国策」は参考文献にも上がって無い点から

して、一応読んでいる程度か。茂丸や内田の事に詳しくない日韓交流史研究者というのは

ロッククライミングに詳しくない登山家と同じくらいありえないと思うが、それでもこの本が

新書になるほど売れているのは世間の人も茂丸や明石、内田らについての知識を持っていない

からだろう。茂丸暗殺黒幕説の嚆矢であり茂丸の存在を悪い意味で知らしめた功績は大きい。

末尾に伊藤暗殺百年後の2009年に日韓で率直にこの事件を語り合う催しが出来たならと思うと

書いてあるが、朝鮮半島の人がこの著を読んでどう思うかについても全く気にして無いのが、

ある意味凄い。最新の著作では少しましになったと聞くが、それでもこのレベルで出版にいたる

姿勢というのは・・。猛省せい!

 

(51)杉山茂丸<アジア連邦の夢> 堀雅昭著 弦書房 

「暗殺・伊藤博文」の系譜を引く茂丸暗殺黒幕説ものの一つ。伊藤だけでなく、

児玉源太郎、原敬の死にも茂丸が関与したとする書。伊藤だけでも大概だが、原、

児玉にいたっては、まさに開いた口がふさがらない。ゲリマンダーもここまで来る

と怒る気すら無くなる。自分もあまり暇では無いので、ばかばかしくって読み終

えるまでが大変辛かった。「暗殺〜」は著者が茂丸の事を知らないだけ、まだ

ましといえるが、本著は著者がこれだけ茂丸の事を調べるのに費やした労力の大きさがわかる分

だけ、「なぜ、ここまで調べているにも関わらず、この内容なのか・・」と気落ちせずには

居られない。“アジア連邦の夢”という副題も取って付けたようで空々しく感じる。あと、あと

がき。あんなことを書く著者も著者だが、そのまま載せる編集者にいたっては職業的倫理観を

疑問視せざるを得ない。そら〜、怒るよ、普通。まぁ、お陰でこの本に杉山家は全く納得して

いない事が明記されたと見る事も出来るが。正直、現時点で一番手に入りやすい茂丸本がこの著

だという事は大変不幸なことと思う。

 

(53)其日庵叢書第一編 杉山茂丸 博文館 

茂丸が自らも参画した週刊雑誌サンデー(小学館のとは当然無関係)に掲載した

「辛抱録」「借金譚」「法螺の説」「義太夫論」「刀剣譚」をまとめた初期著作

。茂丸の著作の中では百魔俗戦国策と並ぶ主要著作であり、百魔が人物伝、

俗戦国策が政治秘史であったのに対し、茂丸の価値基準や処世観をつづってい

る。「法螺の説」などは百魔よりもさらに一捻りした独自の文体で記されており、

茂丸の文筆家としての懐の深さをも伝えている。

 

(54)道八藝談 鴻池幸武 ペリカン社 

豊澤團平の弟子の一人で最後の大師匠と呼ばれた鶴澤道八が語る芸の

神髄と思い出を鴻池財閥の出自を持つ超一流の義太夫研究家である鴻池幸武

が記録した著。茂丸の“浄瑠璃素人講釈と並び称される斯界の名著。復刻

版であるペリカン社版では志半ばで比島にて戦死した幸武氏の親友であり弟

子とも言うべき武智鉄二氏が渾身の解説と注釈を追加している。

16にして團平師匠の芸に打たれた道八(当時友松)は、何とか直接教えを請いたい

思い、團平宅に隣接する長屋を借りて住み込む。自殺した住人の幽霊が出るとの噂を盾に

値切りに値切ったものの家賃は月収と同じ2円。畳も夜具も買えない為、押入(ここだけ

板敷き)で布団代わりに犬を抱いて眠り、服は着たきり、食事は割れ米の粥か施しものを

受ける最低限の生活を送りながら團平師匠から教えを受けることを一途に願う日々。その

けなげな志を知った團平師は弟子入りを認め、自らが実際に示した“舞台で死ね”という

気概と芸の深奥を容赦なく叩き込んだ。本文はHP“音曲の司さんのこちらのページ

読めます。道八は竹本素女の師匠であり、茂丸と素女をつないだ人物ともいえる。本著でも

茂丸が朝まで語っても衰える様子を微塵も見せない光景や、思いの外早く亡くなった事を

残念に思う事が語られている。

あと、相方の伊達太夫が後藤家の縁者であったことから、後藤象二郎から勘当した息子猛太

の様子を見てくる密命を受けた伊達太夫と道八師が新潟に送り込まれ、それを見抜いた猛

太郎から花魁総揚げで2ヶ月も歓待されるエピソードも記されてます。買収の仕方がいか

にも猛さん的で、結構は結構なものの、勘当を解く為の報告をどの様にするかで困っている

二人の姿が見えるようです。(笑)大変面白い本ですので“浄瑠璃素人講釈”に続いて岩波

文庫で出してくれませんかねぇ。

 

(55)明石大将伝 杉山其日庵著 博文館 

茂丸が、家は隣の侍小路、同年同月生まれの竹馬の友であった明石元二郎

大将について、明石の死後にまとめた伝記。茂丸の書いた伝記の中でも、特

別、確信犯的に小説仕立てで書かれて居る作品。露探の女が明石の為に組

織を裏切って秘密書類を持ち出し、その夫に殺される話とか、いくら何でも

それはちょっと・・と言う感が泣きにしもあらず。ただ、戦争が終わり多く

の将兵らが凱旋パレードで迎えられる中、陰の仕事に徹したが故、孤影悄然、誰の出迎え

もない中、東京駅に帰着した明石をただ一人茂丸が迎え、労をねぎらうシーンは貴重か。

でも、正直、全く違う道を歩いていた二人が青年期以降、どこでどう再会したのかが良く

わからないんですよねぇ。なお、玄洋社記念館には、中国問題について明石が茂丸とやり

とりした手紙が展示されています。

 

(56)別冊宝島−巨人列伝 JICC出版 

宝島系で良くある、ちっとマイナーだが破天荒な人物の列伝。いつものごと

く冒頭は熊楠。長山靖生氏による“近代日本の黒幕フィクサー 杉山茂丸”

を含む。茂丸の理想とする、“常に民の生活と共にある天皇”の姿を長山氏

がある外国人に語ったところ「日本の天皇とはアッシジの聖者(聖フラ

ンチェスコ)のような存在なのか。」といたく感動していた、という話が

興味深い。あぁ、そうそう、茂丸の天皇像って正にそんな感じ。それが現実的かとか、歴

史的に正しいかとかを考えても意味無いという指摘もその通り。ただ、茂丸は自分がその

天皇になりたかったのではないか、というオチはちょっと強引すぎですけど。

 

(57)俗戦国策 杉山茂丸 書肆心水 

本年度最大の壮挙と言って良い書肆心水さんによる杉山茂丸著作物発行の

第一弾。これまで講談社文庫版でも入手可能であった百魔からではなく「俗

戦国策」からのスタートというのもイカス。これまでは読みたくとも読めな

かった人も多かったと思いますので、この本が普通に本屋で手に入るという

ことは大変ありがたいことです。あ、でも欲を言うと、あの味のある挿絵は、

一部でも良いから付けて欲しかったかな。(笑

 

(58)百魔(正続完本) 杉山茂丸 書肆心水 

書肆心水さんの心意気を感じさせる百魔、しかも続百魔だけでなく、其日庵

叢書分も含む完本。消費税込みで8950円という価格は、確かに気軽に変えると

いう値段では無く、正続の2冊に分けて半分の値段にしてくれればと言う意見も

あるかとは思いますが、「百魔正続を揃えるのに俺が使った金額について語っ

たろか?」と。とてもじゃないけど老いた両親には話せない金額です。(苦笑

何より、この出版により続百魔が失われることは無くなったという安堵感も大きい。いやぁ、

ほんと良い時代になりましたよ。

 

(59)其日庵の世界(其日庵叢書合本) 杉山茂丸 書肆心水 

なんとまぁ、其日庵叢書まで出しゃうとは、すげえよね。ここまでくると知

る人ぞ知るという著作ではあるが、茂丸の思想を知る上では大変重要。“其日

庵叢書の第二編 青年訓“に至ってはあっしも読んだこと無かった位です。皆

が待望していた杉山茂丸の全貌に迫る長文解説「法螺丸の虚実」は、我等が

夢野久作をめぐる人々坂上さんによる力作。茂丸に興味のある人なら、

解説だけでも買いです。

 

(60)山縣元帥 杉山其日庵 博文館 

児玉大将に始まった茂丸による伝記物の末尾。一般には狡猾な元老の印象で語られる

事の多い山縣を、思慮深く自らの本心を容易に表に出さない人物ではあるが、尊皇の

志を核に持つ実直な武人として描いているのが印象的。協力者の手も多く入ってい

るようだが、最初と最後の章が茂丸本人の文章かなぁと。他の書(俗戦国策とか)で

語られている内容もありますが、微妙に詳細な記載があったりします。死を目前に控

えた山縣が、見舞いに現れた茂丸と最後の別れをするために、無理を押して彼を見送るシーン

心に残ります。

 

(61)特集人物往来−日本の黒幕(昭和32年2月号) 人物往来社 

雑誌「人物往来」が日本の黒幕という切り口から特集した号。深海豊二氏による「

清戦争の放火者・杉山茂丸」を掲載。内容は“山縣元帥に記載された茂丸と山縣

の出会いの場面が主。よく見ると、山縣元帥の自序で謝辞を挙げている編纂協力者に

深海氏の名前挙がってますね。坂上さんに教えていただいた所に依ると、深海氏は茂

丸の主宰する雑誌「K白」を引き継いだだけで無く、「K白」には大正の終わり頃か

ら、毎号のように政論などを執筆していたとのこと。なら、山縣元帥からの引用だけでなく、本人

の目で見た普段の茂丸の様子とか書き残してくれれば良かったのになぁとも思います。

 

(62)太棹−小川虚舟氏追悼号(昭和5年12月号) 太棹社 

本邦唯一の義太夫雑誌を謳う雑誌「太棹」。本号は太棹社社員でもあり、当時

熱心に義太夫評論を行っていた虚舟こと小川文雄氏の追悼号。日本にビリヤードを

紹介したことでも知られる小川氏だが、義太夫評論を行っていたとはちょっと意外。

巌本善治(明治女学校校長、海舟座談の記録者)、福島八十六らの追悼文と共に茂

丸の“義太夫は藝術ぢゃ”を掲載。内容は茂丸の義太夫論を極々簡単に口述筆記

したものだが、語尾が頭山満の語りを記録する際の特徴とも言える“ぢゃ”となっているのが

印象的。「太棹」には次号予告にも茂丸の記事が記されているなど、他にも茂丸の文章が記録さ

れている可能性が高い。また茂丸が全く頭山的存在(ある種の象徴)として、取り扱われている

事例としても興味深い。

 

(63)サンデー(明治四十一年十一月二十二日 第壱號) 太平洋通信社 

後藤新平や茂丸にとって出版関連のブレーンである森山守次(吐虹)が後藤系の

満洲日々新聞傘下太平洋通信社から発行した日本最初の週刊雑誌。政治、小説、

芸談、スポーツなど総合誌的内容を有し、大判で多色刷りのイラスト、漫画を多

く含む実にしっかりした週刊雑誌。茂丸は企画賛同者、兼資金面の援助も行う、

有力な寄稿者の一人にすぎない所が後の雑誌“K白”と異なる。本第一号には茂

丸の寄稿はないが、多くの書籍化されていない文章を寄稿している。雑誌の内容としてはかなり

先見の明があると言って良い内容だが、どう見てもお金かかりすぎですよね、これ。(苦笑

 

(64)山口弧剣小伝 田中英夫 花林書房 

初期の社会主義者、思想家であり、歌人、新聞記者、文筆家でもあった山口弧

剣こと義三氏の生涯を、明治、大正期の雑誌等に残された彼の文章、記事を綿

密に追うことで克明に浮かび上がらせた優れた研究書。弧剣氏は「父母を蹴れ」

の筆禍で入獄。出所後“サンデー”を発行している太平洋通信社に勤めたこと

から、サンデーの発行経緯や変遷についても詳細な記載がある。後藤新平や茂

が、社会主義者は迫害するのではなく食を与えて善導すべきだという考えを持っており、

実際に多くの左派の人材を雇っていたこと。そして実際は彼らと如何に相容れていなかったか

について、詳しく知ることが出来る。初期社会主義や当時の出版界の人材について興味がない

とかなり読むのが辛いとは思うが、丹念な調査の上で情熱を持って書かれた良著。個人的には

最近読んだ本の中では一番評価している本です。

 

(65)K白(昭和三年一月號、第百二十三號) K白発行所 

茂丸の門下生、本郷作太郎が発行兼編集人となっている雑誌。冒頭の信條

にある”吾人は當青年が理想に流れず、情念に駆られず、世界の現実的趨勢

に注目し、学問と経験との効果を有力に策応発揮せんことを希望す。“と有

るように、茂丸のサンデー時代からの希望を自らの機関誌の形で発行、公知しよ

うとした雑誌。本号では、“社友近信“と題した満州在住である一読者の手紙が

もろに茂丸宛になっていることからも予約発行である本誌が純然たる茂丸の機関誌であること

を物語っている。本号には茂丸の代表作ともいえる“百魔(山科禮蔵)”と“義太夫虎之巻(

阿古屋琴責の談)“を収録。山科禮蔵は続百魔も出版後のため単行本未収録ですが、他の百魔

登場人物同様にかなり面白いので、将来“続々百魔”が出版されることを期待してます6。

 

(66)英国小説盲目の翻訳 杉山其日庵主人訳述 国光印刷株式会社(明治44年10月5日再版発行) 

茂丸が福岡から大阪までの寝台列車の中で友人から聞かされた英国小説の面白

さに惹かれ、老母や家人に聞かせた所、大好評。それならばと、人を頼んで翻

訳して貰ったがしっくり来ないので、門下生の助けを借りて自ら翻案したと称

する小説。茂丸自身は英文が読めないので盲目の翻訳と称す。英国に滞在する

日本の皇族メイヨー親王を軸に日英同盟の延長可否、日米戦争の可能性を絡ま

せた探偵小説。久作ファンにとっては久作の父の手になる探偵小説という視点でも楽しめる

かも。前半だるいが、メイヨー親王が主人公になってからは、「英国人の作としたら、どん

だけ親日派なの。」と思わずには居られないくらい、完璧な東洋の貴人としてのメイヨー

親王が描かれる。(一応、親王は日英の混血という設定ではあるが。)最初は茂丸の老母が

この小説の何処に萌えたのかと訝しんだが、後半の親王のキャラには、なるほどこれは盛

り上がっただろうと思わせる物がある。ネタバレだが日英同盟の陰の推進者であった茂丸

もこの頃はこんな風に考えてたのかなぁという点も興味深い。

 

(67)盲目の翻訳英人の日米戦争観 杉山其日庵主人訳述 東洋社出版部 

装丁と題名と発行所が変更になってはいるが、中身は「英国小説〜」の明治

44年12月6日に発行された第三版。題名が変更された理由は謎だが、最初

の題名だと内容が全くわからない為か。いや、それは出版前にみんな気づ

いてたろ。(苦笑)変更後の題名もまぁ、合っていると言えば合ってるわけ

だが、直球過ぎてミステリー小説らしさが台無しな気がします。

 

(68) 美声法及び雄辯法 金杉博士(英五郎) 行古堂 

ドイツ留学後、日本における耳鼻咽喉科医師の魁として、また近衛霞山公の

私設秘書的立場から政治家としても活躍した極到こと金杉英五郎博士による

発声のメカニズムと西洋式発声訓練法を紹介した著。金杉博士の親友である

茂丸が序文を書いている。一般人向けの啓蒙書のわりには、雄辯法と記した

題名にこだわった為か、発声の為の各器官を説明する際にも挿絵は一切無し。

いや、当時の人が声帯とか挿絵無しで理解するの難易度高すぎませんか。茂丸に連れ回さ

れた為か、当時の著名な太夫(呂昇、伊達太夫、三代目大隅太夫ら)のトレーニング方法

について苦言を呈しており、摂津大椽のみがその修養方法と心がけ共にお眼鏡にかなった

名人として賞賛されている。

 

(69) 涙を垂れて伊藤公の霊に捧ぐ 本郷作太郎 台華社 

ずっと茂丸が伊藤公の死を悼んだ内容だと思っていたが、実際に手にして

みると日英同盟の発端となった伊藤公の訪露の裏話について書かれた文章を

門弟の本郷らがまとめた書。茂丸の趣味である“義太夫論、漢詩集である

“臥榻閑話”と共に大病を患い、旧来の健康体に戻ることは無いと自覚した

門弟達が再刊した冊子群の一つでした。訪露が伊藤公の政治的な死になる

ことを知っていながら、児玉、桂両将軍に日英同盟成立の為にあえてそれを薦めさせ、日

露戦争最初の戦死者たらしめたエピソードを、茂丸が百魔に記した内容だけでなく、昭和

4年12月24、25日の両日にJapan Advertiser紙上にK.Takahashi名で掲載された記事

Prince Itos Second Death”の原文と安田勝氏による邦訳を掲載している。こちら

には英国が伊藤公の訪露に驚き、まさに茂丸らの読み通りに日英同盟にいたった経緯が、

林日本公使からの伝聞の形で記してある。茂丸が著作で語った裏話が他人の文章、しかも

海外の新聞記事に引用されている例として貴重か。巻末には門弟の長兄格として倉辻白

蛇氏の小文「同門の士に代りて」が収録されています。

 

(70) 新報知(第6巻第8号、大正4年8月1日発行) 新報知社 

星一関連で収集している新報知ですが、A4版で形状も異なる本号の掲載内容は

冒頭が朝比奈知泉、茂丸の論説、近世百魔、倉辻白虹(白蛇の誤記?)の築地

刀剣会、喜多川楚山の小説と、星製薬の機関紙となった後の新報知とはまった

く異なり、茂丸発行の“黒白”にそっくりなメンバーと構成。特に近世百魔

は坂上さんに鑑定していただいた所、書肆心水さんの百魔正続完本に付録凡例と

して収められている乙衛の続編であり、これまで知られていなかった内容とのこと。

なるほど、前編が収められている“其日庵叢書第三編百魔上巻”自体が新報知社の発行だった

のか。黒白に掲載されていたけど、百魔には収録されていない人物もありますし、将来的に

書肆心水さんに百魔補巻とか出してもらいたいですねぇ

 

参考資料

(1)頭山・杉山両先生金菊祝賀会レコード テイチクレコード 

頭山満、杉山茂丸の交友50年を記念して、星一が真藤慎太郎、

廣田弘毅らを発起人として開いた“金菊祝賀会”のレコード。

星のチェックが入っているとしか考えられない、マニアック

で詳細な歌詞が楽しい。実際に聞く事も出来る様にしました

ので、詳しくはこちらのページへGO!

 

(2)義太夫壷坂寺−萬歳唄、観音のより、大阪 竹本大隅太夫、豊澤團平、仙之助 SYMPHONY RECORD 

茂丸の愛した三代目大隅太夫のレコード(SP版)。師である團平夫妻

の作であり、彼の代表作ともいえる「壷坂寺(壷阪)」を豊澤團平の

本人の三味線で唄っている。当方所有の盤に痛みがある上、ラッパ吹き

込みな為かノイズがかなり激しく聞き取りにくいが、美声とはいいがた

い、語り棄てるかのごとき語り口の雰囲気は感じ取る事が出来る。

 

(3) 浪花節 伊藤公と内田良平 平岡良一 春日井梅鶯 ポリドールレコード 

日韓併合を題材にした浪花節のようで、冒頭部分に茂丸が登場します。

これぞ天下に名も高き、怪傑杉山茂丸翁“←ここがサビ(笑)。

早速データー化しましたが音が悪いのはヒビが入っているから。2枚

組を入手したのですが、二枚目は割れ、1枚目はヒビ入りでした・・。

歌詞はこちらPDFファイルが開きます)を参照願います。曲を聴く

場合は以下をクリックしてください。(茂丸は1に登場します。)

伊藤公と内田良平−1“、“伊藤公と内田良平−2“作者の平岡良一氏が内田良平の親族と

すると、平岡浩太郎の弟、平岡徳次郎の遺族として石瀧先生のページに挙がっている人物かもし

れません。内田良平の従兄弟又はその息子さんでしょうか。

 

関連リンク

夢野久作をめぐる人々・・・茂丸についてはうちよりもここを参照するように!関連書籍リスト充実です!

李容九の生涯・・・内田良平の率いた大日本生産党系のHPのようです。李容九の写真あり。 

 

 

関連人物『 交際範囲が広すぎて、わけわからんな (^^; 』

杉山龍丸 ・夢野久作 ・竜造寺隆信 ・頭山満 ・児玉源太郎 ・明石元二郎 ・後藤新平 ・星一

・広田弘毅 ・伊藤博文 ・中江兆民 ・大杉栄 ・孫文 ・J.P.モルガン ・山座円次郎

 

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