柴 五郎(しば ごろう)

1859(安政6).7.27〜1945(昭和20).12.13

 

 

注目理由

鎖国が解かれてからまだ数十年、極東の後進国とみなされていた日本を欧米列強が見なおす切っ掛けに

なったのは、義和団の乱によって巻き起こった清国での攘夷運動を西太后を頂点とする清国指導部が

バックアップして北京の外国公館を清国国軍が攻撃し、あわよくば外国勢力を清国から追放しようとし

た「義和団の乱(北清事変ともいう)」での日本人と日本軍の活躍にありました。義和団の乱自体は、

当時、欧米列強の蚕食にあっていた中国からすれば、必然的に起こった攘夷運動ではありますが、多く

の暴徒の取り囲む北京城中に取り残された、各国公館員とその家族にしてみれば、えらい災難です。

公使館員(日本人)が殺害され、交渉に出かけようとしたドイツ公使も政府軍に射殺され、万を数える

軍勢に取り囲まれた中、城内での篭城を余儀なくされます。この北京篭城戦において、東洋人として各

国公使らに無視されていた状況から、実力で全守備隊の作戦指揮官となって60日に及ぶ篭城戦をしのぎ

きり、各国から賞賛を浴びたのが、柴五郎中佐です。

 

普段、威張っている割にはまったく役に立たない公使ら外交高官と武官、途方にくれる民間人、攘夷の

生贄とされている清国キリスト教徒ら。混乱の中、抜群の組織力と作戦指揮能力、何より官民一体となっ

た士気の高さで、各国公館員とその家族が立て篭もる北京城内の守備隊の主力として活躍し、また多くの

犠牲を払いつつ救援のため派遣された各国連合軍の先頭に立って戦ったことが、列強各国、特に英国に極

東におけるパートナーとしての日本の価値を認識させることになり、のちに日英同盟締結、日露戦争での

勝利へと結びついていきます。

 

幼くして戊辰戦争の会津戦で祖母、母、姉妹と次兄を失い、懲罰を兼ねた斗南藩への移住により、極寒

の下北半島での不毛な開墾作業と犬の屍骸をわけあった悲惨な生活が語られる「ある明治人の記録」で、

その存在を知り、同書で語られた西南戦争以降についてもおいおい調べてました。

石光真清も言うように日露戦争以降、日本人および日本軍について調べるのは、その傲慢さと選民意識

が鼻につき、かなりきついですが、五郎の活躍時期は日露戦争終結前が主。西洋に追いつけ追い越せと真

剣に努力していた時代の、礼節と勇気と誇りをもち、傲慢を知らないイカシタ人たちに出会えます。

 

とはいえ、五郎の周りには著名な作家で政治家、閔妃暗殺にも関与した実兄「柴四郎(東海散士)」や

国粋主義の源流の一人「谷干城」らもおり、日本の朝鮮、大陸政策に目をつぶってばかりもいられない

のも事実。これを気に、勉強しますかね・・。

 

参考文献

(1)守城の人−明治人柴五郎大将の生涯 村上兵衛 光人社

遺族の保管する遺稿を元に書かれた柴五郎唯一の伝記。士官学校以降や義和団の乱

以降の五郎の活動については、この本に頼ることになる。著者も士官学校出なので、

視点の安定した読みやすい作品。西南戦争までは遺族の持つ「ある明治人の記録」

の原本、北清事変は「北京燃ゆ」からの引用が多い。 中国での諜報活動(主とし

て地図作成)も興味深いが、軍を引退後、娘婿ら軍の中枢に近い人たちから情報を

得ながらも、日本の勝利を信じていたのはちと意外。孫たちを相次いで病気で失い、昭和20年の敗戦

を受けて自決しようと試みたが、老耄ゆえに果たせず、その傷が元で衰弱して亡くなる最後は、あま

りに物悲しい。

 

(2)ある明治人の記録−柴五郎大将の遺書 柴五郎著 石光真人 中公新書

やはり、国内戦争の無残さを感じさせる戊辰戦争の悲劇と極寒の下北半島での生活の

インパクトが強いが、何度も読み直すと食にも事欠く貧困の中でも誇りと同胞愛、心

配りを忘れない元会津藩家老山川浩一家の姿や、柴家で最も将来を嘱望されながらも、

父への孝と弟たちを世に出すため、自らは市井に埋もれながら、その教養を持って弟

(四郎、五郎)らを支え続けた、三五郎兄の切ない姿が印象的である。

 

(3)北京篭城、北京篭城日記 柴五郎、服部宇之吉 大山梓 東洋文庫 

柴五郎本人が軍事教練会の要請を受けておこなった講演内容を口述した「北京篭城」と

日本人義勇軍に参加した東大教授の服部博士による「北京篭城日記」「北京篭城回顧録」

を含む。五郎本人による講演は彼の人柄を反映してか、彼の立場から見た事件の経緯が

淡々と語られるため、これだけ読むといまいち危機感が感じられないが、他の文献と併

せ読むと、いつ殲滅されてもおかしくない状況の中で、冷静さを失わない姿勢が光る。

しかも、実戦の指揮はこのときが始めてだったはず。攻防戦半ばの7月6日、右腕とも頼む安藤大尉

を失い、雨の中仮設させた墓の前に悄然と立ちすくむ姿が胸に残る。その姿を見た外国人達は、彼の

無念と気落ちにまったく気づいておらず、絶望的な篭城戦の中で指揮官として心の砦をも死守し、怯む

姿勢を見せるわけにはいかなかったのは、大変だったことと思います。義和団の乱に関する他の文献を

読んだあとで読むことをお奨めします。服部博士の回顧録にある初めての歩哨時の感慨や大山さんの

解説もよい出来です。

 

(4) 北京燃ゆ−義和団事件とモリソン ウッドハウス暎子 東洋経済新報社 

ロンドンタイムズの北京特派員として篭城戦に参加し、英国義勇兵の支柱として活躍した、

最高級の東洋研究家件ジャーナリストであるG.E.モリソンの北清事変前後の活躍を記し

た本。多くの海外資料を駆使して篭城戦の内幕を描いており「守城の人」他多くの本で

引用される重要文献。主人公のモリソン博士は彼なりに勇気も主義もある人なので、英国

帝国主義の推進者の一人であることを差し引けば、それなりに感情移入でき、読み物とし

ても楽しい。彼のレポートにより、柴中佐率いる日本人が篭城戦の中核を担って奮戦し、多くの英国人

たちの命を救ったと発表したことが、日英同盟締結へ向けて英国民の対日感情を好転させた。もっとも、

極東において英国と日本が協力してロシアの脅威に対抗するというのは彼の年来の持論であり、一概に

日本への好意というわけでもないが、そこは相身互いか。

篭城戦の総指揮者として評価の高いマクドナルド公使をモリソンは外交官としては無能とみなしており、

篭城時期以外は仲が悪いことや、実は英国公使館内には元気で銃も持ってる何十人もの男たちが、いろ

いろと口実をつけて一度も前線に出ようとしなかったことには驚愕。日本人義勇兵が武器も無く、槍

の柄だけを武器にしていたつーのに、よくもまぁ・・。また、モリソンを含む事変終結後の列強各国(ロ

シアとプロシアが最悪)の略奪の凄まじさには怒りを覚えざるを得ないね。

 

(5)中央アジアに入った日本人 金子民雄著 中公文庫

北京篭城時の日本公使はロシアから転任してきた西徳二郎、救出部隊を率いたのは福島安

少将です。二人は早くからロシアの脅威に着目し、西は日本人として始めて中央アジアを

探索し、福島は有名なシベリア単騎横断行を果たしているという共通点があります。五郎も

福島らの命を受け、日清戦争前には中国、満州、朝鮮での調査行に従事してますね。特に福

島はシベリア単騎横断により、その能力を世界に示すとともに、国内では英雄として迎え

られ、小日向白朗ら日本の若者達に大陸への夢をかきたてました。この本は忘れられていた彼ら(西徳二郎、

福島安正、日野強)の中央アジア探査行の記録を日本に残る資料と同時期の海外資料を基に整理した作品。

正直、読んでいて楽しいというほどでもないですが、彼らの抱いていた危機意識や、当時ロシアが精力的に

近隣諸国を併合していたことがわかります。ちなみに西徳二郎は、ロサンゼルスオリンピック馬術競技で

金メダルを取り、硫黄島にて米軍からの投降勧告を拒否して自決したバロン西こと西竹一大佐の父親です。

 

(6)城下の人−石光真清の手記@ 石光真清 中公文庫 

軍人を志して東京へ上京してきたものの周囲の目新しさにも幻惑され、さっぱり勉強しない

(真清)に業を煮やした野田豁通が真清を受験のために預けるのが、かつての自分の書生

であり陸士入学への斡旋もした柴五郎宅。これを期に真清と五郎は昭和の時代までに及ぶ交友

が続くが、このときの五郎の印象は実にまじめで厳しい感じ。まぁ、この真面目さが北京篭城

では有利に働き、もっとアバウトで大胆な活動が求められる日露戦争時の諜報活動任務が五郎

ではなく同級生の青木宣純に任されることになったのでしょう。五郎の指揮下にある真清や花大人つーのは

確かに想像しにくいッスね。とはいえ、カモフラージュのための写真館設立など五郎の大陸での経験が真清

ら後輩たちに継承されていることは興味深いですな。

 

(7)火はわが胸中にあり−忘れられた近衛兵の反乱竹橋事件 澤地久枝 角川文庫 

士官学校生だった五郎が始めて実弾の下をくぐる経験をしたのが竹橋事件。西南戦争後の軍

の経費削減と佐官以下へは恩賞が実施されなかったことに不満を抱いた近衛砲兵隊が宮城への

強訴を敢行した事件。後の2.26事件などのクーデター事件とは異なり、地租改正反対運動な

ど旧幕時代の農民一揆の流れを汲む明治政府への強訴の趣の強い事件。山縣を頂点とする軍

当局は事前に事件を察知しており、何らかの形で政治利用するつもりであったのが、砲を持ち

出し、空砲とはいえ宮城に発射されるに及んで驚愕狼狽し、首謀者ら55人を処刑するという過酷な処置を断

行している。この後、軍人勅語が出され、軍内部の統制体制を急速に確立させることとなった。なお、銃殺

刑の責任者は五郎の恩人の一人でもある山川浩大佐。戊辰戦争、西南戦争と常に骨肉相食む内乱の最前線

立っていた彼は、同じ軍人を大量処刑せねばならなかったことに対し、どのような感慨を持ったのであろう

か気になる。本は澤地さん特有な過度の感情移入が鼻につく箇所もあるが、竹橋事件を世に知らしめた意味

では貴重。

 

(7)武士道(BUSHIDO,THE SOUL OF JAPAN)新渡戸稲造著 矢内原忠雄 岩波文庫 

北京篭城戦や救出軍の戦闘で示された献身、謙譲、忍耐、勇気等、当時の日本人らの倫理規

範の源が「武士道」の美しき残照であると喝破し、和洋の豊富な例を引用して、その精神構

造を英文で欧米に紹介した名著。当時の米国大統領セオドア.ルーズベルトが同書を人に配

るほどの熱心な読者であったことが、後の日露戦争終結時にアメリカが調停役となる起因と

なったことは有名。彼は本を配る際に「この本に書かれている、忠とか主君がわからないとき

には”星条旗”のことと置き換えて読みなさい。アメリカ人が忠誠を尽くす対象は”国旗”である。」と

示唆するほど内容を自分のものにしているのが凄い。これは米国においては2002年の現代でも通用する考え

方であるが、日本にはそれに相当する「対象」が存在しえないことを思うと、少し淋しい・・。

稲造の代表作であると共に、自家の跡取として稲造を養子にし、豊かとはいえない家計の中から高度な教育

を与えながら、新渡戸家の後継者の死を受けて従容と稲造を実家に戻した、叔父にして養父の「大田時敏

から継承した心の遺伝子でもある。

 

(8)佳人之奇遇 東海散士(柴四郎)著 聚芳閣 

日本最初の政治小説といわれる明治期のベストセラー。著者は五郎の実兄“柴四郎”。

戊辰戦争では白虎隊に所属するものの、病気ゆえ参戦は果たせず、落城直前に死を覚悟した

母により城へと送られたが生き延びる。温厚と冷静さを謳われた五郎と異なり、祖母、母、

姉妹らの自害を見届けた叔父に対し「叔父上はなぜその時自害されなかったのですか!」と

責めるような、若い頃から激しい性格の人物。(無茶言うよなぁ・・。)苦労の末、米国留学

を果たしたが、先鋭的なナショナリストになって帰国。国粋主義者の源流の一人である“谷干城”の懐刀

として役人、ジャーナリスト、政治家として長く活動した。

この本は、四郎を模した主人公がフィラデルフィアで出会った不思議な美女たちとの会話を通して、滅ぼさ

れた国々(アイルランド、スペイン、中国、もちろん会津)の苦難と将来の自立を語り合う・・、と、まだ

ここまでしか読めてません。つーか、全編漢文の書き下し文なのでおいらには荷が重すぎ。人名も華聖頓

かいて「ワシントン」と読みます。しかも振り仮名なし。四郎の原稿を、柴家で最も漢学の素養のある三五

郎兄が推敲に推敲を重ねた美文であり、たしかにテンポがよいのは感じられるのですが、感慨シーンは常に

漢詩。こらー、今読むとなると現代語訳無いと駄目ですわ。しかし、これ書いた人物が閔妃暗殺の首謀者の

一人つーのが、謎というか、困ったもんです。

 

(9)閔妃暗殺-朝鮮王朝末期の国母 角田房子著 新潮文庫 

日本人公使による朝鮮王家后妃暗殺という、日本ではほとんど教えられていないが、朝鮮

半島の人々は決して忘れていない歴史の暗部に切り込んだ労作。何より閔妃暗殺という日本

人が直視すべき過去を天下に知らしめた功績は大きい。この本をハングルが読めないのに、書

こうと思い立った、角田さんのガッツにも敬意を表する。

閔妃暗殺は日本公使“三浦梧楼”の示唆で実施されたが、柴四郎が三浦付きの参謀格で参加。

四郎は、閔妃の政敵であり彼女の示唆により暗殺された“金玉均”とも面識があり、渡韓前の三浦公使に

妃暗殺の必要性を吹き込んだ可能性が高いと思われる。しかし、この本は閔妃暗殺の中身より、暗殺にいた

るまでの朝鮮半島情勢を綿密に書き込む事が主題なので、暗殺そのものについてはあまり深く切り込んでお

らず、四郎はチョコチョコ顔を出す程度。この事件の当事者たちが罪に問われること無く政治決着した事が、

後の張作霖爆殺事件や満州事変で政府の意図を無視して暴走した現地スタッフを罰せない前例となったとい

う指摘は重要。個人的には王妃を日本人により殺されたことで、軟弱だった王(高宗)が、無力なりにも、全

力で日本の圧力に抗う“閔妃暗殺以降”を読みたいなぁ。

 

(10)観樹将軍回顧録 三浦梧楼著 中公文庫 

閔妃暗殺の首謀者“三浦梧楼”将軍の回顧録。奇兵隊の隊長として、高杉による長州藩内クー

デターを支え、鳥羽伏見の戦いでも活躍。奇兵隊の隊費を着服しているのを糾弾して以来の

縣有朋の政敵でもある。「明治維新とか言うけど、実際にやったのは俺と高杉だぞ・・。」と

思っている山縣にしてみれば、自分とほぼ同じ経歴と実績を持ち、弱みを握られてる上、自分

より潔癖で口うるさいという実に頭の痛い人物。もっとも、実行力はあるが仲間を増やすのが

得意じゃないので、政治家には全く向いていないよな。政治的には山縣とは反りが合わず、伊藤とも遠いが、

井上とは比較的仲が良い。彼の直前の韓国公使も井上。彼の犯した最大の政治失策が閔妃暗殺であり、これ以

降、政治の表面に出る事は無かったが、原、加藤、犬養らの三党首会合を作るなど、政党政治の充実による

閥打倒を画策し続けた。藩閥打倒に関して云えば、彼の方が杉山茂丸より積極的で実際的な活動をしている感

がある。回顧録は「俺が、俺が・・」と、自己主張が強いのがちと鼻につくが、暴力と金がすべての時代を、

一種不思議な理想主義を抱いて生きた人物である事は確かで、痛快と云って良い自伝。柴家とは四郎との関

係が深く、閔妃暗殺では一緒に広島の監獄に入っているし、無罪放免後、困窮していた会津松平家に救済の為

に御下賜金(五万円)が下りるように取り計らったり、四郎に親族への追善もかねて殉難烈婦の碑を建てさせ

たりしている。この人物が何で外国后妃暗殺などという、国際信義にもとる事件を指揮したのか?それより、

女を殺す事自体が、武士として恥ずかしい事ではないのか?敬愛する西郷らの征韓論の流れや鹿鳴館外交へ

の反発など、まだまだ勉強が必要だなぁ。(-_-)ウムー

 

(11)会津藩最後の首席家老 長谷川つとむ著 中公文庫 

柴五郎少年を青森県庁の給仕職に任命し、飢餓地獄から脱出する機会を作ってくれたのは庶務

課長だった梶原兵馬会津藩最後の首席家老であり兵器購入、奥羽列藩同盟の締結に尽力。

会津戦では政務総督として藩主をよく補佐した。会津贔屓には良く知られ密かにファンも多い

人物だが、山川浩(五郎の恩人)の姉で賢夫人と謳われた二葉を離縁し町娘の「テイ」と一緒

になった事、庶務課長を2ヶ月で辞めてしまいテイと共に行方しれずになった事などから、親

戚うちでは自分勝手なフラフラ者と思われており、評判が悪いのが可笑しい。叔父の遺稿を元に曾孫が書い

た本著は、歴史小説としてより兵馬とテイの激しく、それでいて穏やかな情感がこもったラブストーリー

して読んだ方が楽しい。行方不明後の北海道の生活も貧しいながら楽しそうですよね。まぁ、最後の章だけ兵

馬との架空対談つー構成はちといただけないが。なお、A級戦犯扱いだった彼を県の庶務課長に任命したのは

青森県大参事だった「野田豁通」。ここでも野田の度量の大きさが光りますねぇ。

 

(12)奇人小川定明の生涯 佐藤清彦著 朝日文庫 

日清戦争、米西戦争、北清事変、日露戦争に従軍記者として派遣されて、スクープを連発した

大阪朝日新聞の名物記者南方熊楠、宮武外骨と並ぶ「3奇才、3奇人」と謳われながら、

自らを温泉旅館の手代、北海道の孤児院用務員として市井に埋めた明治の気骨ある知識人の生涯

を描いた好著。文庫書下ろしな為か、かなり良い出来なのにあまり知られていないのが惜しい本。

破天荒かつ抱腹絶倒といって良い生涯だが、特に北清事変時の天津城総攻撃、北京占領詳細報

国際的スクープは、定明ならではの老練さが垣間見えて楽しい。北清事変時の日本軍のトップは情報将校で

ある福島安正だが、新聞記者への扱いは、好意的どころか虐待といって良いものだったらしい。冒頭に登場する

文士「江見水蔭」は当時の売れっ子小説家で星一著とされる「三十年後」のライターと云われてますね。

 

(13)坂の上の雲(3) 司馬遼太郎著 文春文庫 

秋山兄弟を主人公に幕末から日露戦争までの日本を描いた司馬遼太郎畢生の大作。この作品以

降、日露戦争を語る際の正史といえばこれ。司馬遼太郎の作品の中では「竜馬がゆく」と共に

後世にもっとも大きな影響を与えた。晩年の司馬遼太郎が小説を書かなくなっていたのを、ずっ

と歯がゆく思っていたが、脂の乗り切った四十代の十年間をこの小説を書くために使い切ったこ

とを知り、この作品の後では生半な小説は書けまいと納得。五郎は真之と一緒に米西戦争の観戦

武官として参加してたり、北清事変後の日本駐留軍の司令官に兄の好古が任命されていたりするので登場を期

待してたが、ちらちらっと名前が挙がるだけ。でも、まぁ名前が出るだけマシかな。

 

(14)日露戦争を演出した男モリソン ウッドハウス暎子 東洋経済新報社 

北京燃ゆ」の著者によるG.E.モリソンに関する最初の日本向け著書。前編というか、こっち

が著者の主研究テーマ。タイムズ紙の北京駐在員、著名な東洋研究家、ロシア南下政策を阻止

するため、日露の戦争を積極的に煽り日本に有利な報道を行った人物の前半生を豊富な資料

を基に描く。逆に言うとモリソン居なかったら、日本の国際報道はどーなってたんだろうかと、

非常にドキドキしますな。日露戦争時の情報工作部門のトップであった青木宣純(五郎の盟友)

とモリソンが戦争前後を通じて非常に親しかった事もあり、五郎は時々登場。戦時中、砲兵隊を率いてただけ

じゃなく、青木ら中国情報部と欧州情報部、福島率いる大本営情報部の三者を繋ぐ役割を果たしていたことが

それとなく書かれてます。

 

(15)匪賊−中国の民乱 川合貞吉 新人物往来社 

秦末の陳勝呉広の乱から始め、三国志時代の幕開けたる黄巾の乱、宋代の水滸伝、義和団の乱、

最終的には毛沢東らによる中華人民共和国成立に至るまでの中国における主要な民衆蜂起を列

記し、組織と思想的連なりについて記した著。特に天地会、白蓮教ら秘密結社の考察と井崗山

に拠った共産党軍の記載が面白い。著者は、戦前に中国共産党に参加して反帝国主義活動に

従事。コミッテルンの命を受け、ゾルゲ事件に深く関与した。逮捕され、戦後釈放された後は、

言論人として活躍した人物。小日向白朗著とされる「日本人馬賊王」の共著者の一人でもあるが、この本では

馬賊関連の記載は少ない。左翼思想は思っていたほど強くないが、そこはかとなく感じられますね。どーでも

いいけど、表紙のセンスがちょっといまいちだと思うッス。

 

(16)中国一九00年−義和団運動の光芒 三石善吉 中公新書 

義和団の乱を文化帝国に必然的に発生した「中華型千年王国運動」と規定し、アヘン戦争以降、

各地で揉め事を起こし、列強の武力を背景にごり押しを続ける教会と信者(教民)と地域住民の

間に20〜30年に及び根強い対立があったことを上げている。特にプロシアが酷い。まぁ、ウィ

ルヘルムU世の時代だからねぇ。大刀会、梅花拳、神拳といった義和団にいたる地域自衛団体の

成立過程は列強側からのみ語られることの多い義和団の乱の内幕として貴重。義和団側の主張を

取り上げるだけでなく、巻末では彼らの暴虐行為もきちんと記載してある。また、五郎をはじめ列強側が居留

民(教民)保護の名目で、義和団員(と思われる)中国人民を罪の意識無く必要以上に銃撃、殺戮していた

との指摘も重要。冒頭がちょっとだるいが、お薦めです。個人的には梅花拳の師で、反教会運動として「義和

拳(同心義和:一致協力の意)運動」を起こし、最後期まで活動を続けた趙三多師が興味深い。彼を主人公に

した武侠小説とか面白いと思うんですけど、どーです?

 

(17)柴五郎ものがたり−人を信じ、愛しつづけた 鈴木喜代春 阿部誠一 北水 

なんと、世の中には柴五郎を主人公にした子供向けの作品というのが存在するわけです。

当然といえば当然ですが内容はほぼ「ある明治人の記録」からの引用。ですから、テーマは

会津藩と会津人に科せられた朝敵という汚名と激烈な困窮をいかにして克服したか。うーん、

当時の歴史的背景のわかっていない子供にはきついんじゃないかなぁという内容。副題の

「人を信じ〜」も本文がひたすら屈辱と苦闘の列記であるため、正直浮いてますが、70過ぎ

の著者が柴五郎翁の回想を、共感を持って読み、誰かに伝えたかったのであろう事は伝わってきますね。

 

(17)銀のボンボニエール−親王の妃として 秩父宮勢津子著 講談社プラスアルファ文庫 

朝敵の汚名が晴れた契機として捉えられているのが、会津藩主松平容保の孫娘である松平

勢津子嬢の当時皇位継承権第一位にあった秩父宮雍仁親王との結婚。海外生活も長く、米

国での学生生活をエンジョイしていた平民の娘が妃殿下となり、病身の夫を看護してその最

期を看取り、皇族の一員として自らを律して活動する姿を描く。独特な一種かわいらしい

タッチも興味深いが、やはり男としては、部下である兵士たちの貧困と自らとの格差を思い、

あえて自然環境の過酷な弘前連隊を勤務先に選ぶなど、自らに激務を課していた秩父宮の生真面目な姿

印象的。胸に秘めた改革の思いもあったかと思うが、胸を病み、若くして隠忍自重の生活に身をおかねば

ならなかった姿が、彼に静かに寄り添う妃殿下とともに印象に残る。表紙の銀器が題名の銀のボンボニ

エールのことだろうと誰もが思うが、実は全然関係ない品ってのが意味不明。装丁の人は何を思ってこれ

にしてるのだろう?

 

関連映像

(1)北京の55日 ニコラス.レイ監督 チャールトン.ヘストン、エヴァ.ガードナー主演 

主人公がアメリカ海兵隊少佐という時点で、史実とは縁のない作品とは思っていたが、予想の

100倍ツマンナイ超〜駄作。脚本家がテーマを持ってない上に無茶なテコ入れが多く、しかも

それが空回りしてる。英国領事が弾薬庫を爆破に行くとか、日本人がいるのに城を抜け出すのに

アメリカ人を指名するとか、馬鹿じゃねーの。大体弾薬ねーのに、敵の火薬庫に入って何も取らず

に帰ってきてどーする!主演のチャールトン・ヘストンも「ベン・ハー」や「猿の惑星」では不

屈の闘志が魅力的だが、驕りと偏見に満ちたこのキャラクターでは頭の悪さばかりが印象に残る。本人も抹

殺したい作品のひとつだろうな。柴五郎中佐役は、マルサの女を撮った若き日の伊丹十三。頭は良いのだが

悲観的で実行力のない感じに描かれているが、台詞は2箇所しかないし、正直どーでもいい役。まぁ、ハリ

ウッド映画で日本人が活躍しても誰も見ないだろうから、しょーが無い。とにかく見るだけ時間の無駄でご

ざる。つーか、見ちゃ駄目!

 

関連リンク

近代肥後異風者伝・・・・野田豁通に関する記事あり、貴重。一緒に北京に篭城した僧侶川上貞信も追加。

頭山満と玄洋社・・・・“憂国の思い、筆を走らす“が、柴四郎と佳人之奇遇編。

 

関連人物

・柴四郎 ・山川浩 ・松平容保 ・谷干城 ・野田豁通 ・石光真清 ・福島安正 ・西徳二郎 

G.E.モリソン ・マクドナルド

 

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