ペトロ岐部(ぺとろ きべ)ペドロ岐部

1587..〜1639(寛永16).7.4

 

1587頃、大友宗麟に帰属する地侍ロマノ岐部の息子として国東半島に生まれる。1600年、弟のジュス

ト岐部と共に有馬神学校(1580年日本で始めて作られた神父養成のための学校)に入学。6年間の勉強を

経て卒業、神父の手伝いを行う「同宿」となる。1614年、家康のキリシタン追放令によりマカオに追放。

同地では政治的理由から「神父」になれないことを知り、仲間と共にマカオを脱出してインドのゴア

赴くが、そこでも神学校への入校を阻まれる。意を決し、ローマに赴くべく、ゴアからペルシャ湾のホル

ムズに行き、ペルシャ、シリアの砂漠を横断し、エルサレムに入る。エルサレムからは地中海を船で

渡ったと思われる。2年以上に及ぶ旅を経て1620年ローマに入り、11月15日ついに念願の司祭に叙品

れた。同11月21日イエズス会に入会し、コレジオ・ロマノ他で学ぶ。

1622年日本での布教を願い出、ポルトガルインド洋艦隊の船に便乗し、マドリッド、リスボン、モザン

ビーク、ゴアを経てマカオに着く。一時、シャムに滞在するが、マニラで船を雇い1630年キリシタン弾圧

の嵐の吹き荒れる日本に潜入した。長崎での潜伏しながらの布教活動のあと仙台で活動を続けるが1639年

春ついに捕らえられる。「穴吊し」の拷問をうけ、仲間の神父二人が棄教したにも関わらず棄教を拒んだ

ため殉教した。

 

注目理由

江戸時代初期、鎖国が始まったばっかりの頃に、追放先のマカオからインドのゴアを経て、アラビア

の砂漠を渡り、エルサレム、そしてローマへ、という旅を成し遂げた人が居るって信じられる?それも、

「天正遣欧使節」や「支倉常右衛門一行」と違い、ヨ−ロッパ人に案内してもらったわけでは無く、船

員や隊商に紛れ込み「自力で」成し遂げたなんて。(*o*)/ワーォ

しかも、その後、ローマで勉強して「司祭」の資格を得、ポルトガルのリスボン、ゴア、マカオと海

路をたどり、殉教の運命の待つ日本に再び戻るという鋼の意志の人物。一般人の手に入る資料があまり

にも少なすぎるのが欠点で日本でもほとんど知られてませんが、宗教云々は置いといて、この人物は

界に誇って良い人物の一人ではないかなと思いまする。「日本のマルコポーロ」という呼び方もあるが、

そんなレベルじゃないぞ。すべて「自分で」やってるんだから。

その最後も予想されていたこととはいえ、無惨なまでに悲劇的です。しかし、本人は自分の人生にそ

れなりに満足して亡くなったような気がします。それがせめてもの救いでしょうかね。

 

参考文献

(1)銃と十字架 遠藤周作 中公文庫

ペトロ岐部が主人公として書かれている数少ない作品。岐部について知りたかったら、まず

これから入りましょう。注文すれば手にはいるしね。しかし、岐部の学んだ有馬神学校の歴

史記述が全体の1/3近くあり作者も言ってるけどちょっと多すぎ。「岐部の存在を伝えた

」という思いが強いからか、「小説色」は薄い。題名はキリスト教の布教が植民地支配とセ

ットで行われており、その矛盾を表しているのだと思うが、岐部がそれについて悩んだと思

われる資料がほとんどないのでちょっと題名がマッチしてない感じ。その路線で書く気なら岐部と同じく

ローマを目にしながら自ら棄教し、キリシタンの敵となった有馬神学校の先輩「千々石ミゲル(天正遣欧

使節の副使)」と絡めて書く手もあったんじゃないかなぁ。

 

(2)王国への道 遠藤周作 新潮文庫

山田長政について調べていたら同時期にペトロ岐部もアユタヤにいたことを知り、二人を

絡めて書かずにはいられなかったって感じの本。「銃と十字架」よりはずっと小説色が強く

地上の王国を築こうとする男(長政)と天上の王国を目指す男(岐部)との対比を通して

激しい時代を生きた男達の激しい生き様を描く。

岐部は長政とちゃんと九州弁で話しており、意志の強さや頑固さが上手く出ていると思う。

しかし、アユタヤでの長政の描写が、資料が少ないためかもうひとつインパクトが弱く、長政の人生の

悲劇性というのが書き切れていない感がある。題材やキャラは悪くないので、もうひと踏ん張りしたら

代表作にも成り得たのにと思うと、ちょっともったいない

 

(3)ペドロ岐部 松永伍一 中公新書 

筆者は研究者でも無いし、ラテン語が読めるわけでもなさそうなので内容はどうだろう?

と思っていたが、読んでみると予想より遙かに面白い!!疑ってすまなんだ。

彼直筆の写真や手紙の全文など貴重な資料、彼の死を記録した文章なども写真付きで掲載さ

れており、岐部の生涯の全貌を知るには最高。砂漠を渡ってローマにたどり着いた岐部が、

自らの出自をイエズス会本部で報告した際、父ロマノ岐部の業績がルイス・フロイスにより

ローマにも伝えられてる事を知ったときには、どれほど感動したことでしょう。彼が司祭となり修練院に

入るときに描いた身上書の巻頭に誇らしげに父母の名を記したことからも、その誇らしさが感じられます。

はっきり言って自己本位だった彼が、その後、誰からも尊敬される「真っ直ぐな人生」を生きたのも、

この父母に恥じない生き方をと常に念じていたのでしょう。ちなみに父母はキリシタンとして死に、日本

に残った兄ジョアン岐部も殉教しているようです。

 しかし、なんでこんな面白い本が現在入手不可能なんでしょうか?再版しろよ、中公新書!

 

(4)日本史 ルイス・フロイス 東洋文庫 

イエズス会随一の日本通ルイス・フロイスによる日本におけるキリスト教布教史。安土桃山

時代の第一級史料だが、冗長な上、この東洋文庫版は信長の死を前に途中で終わってるとい

う困りもの。ペトロ岐部の父、ロマノ岐部の記録も洗礼が天正15年ですから載ってないです

ね。つーか、よく調べたらロマノ岐部の記録はイエズス会の報告に有るだけで、日本史には

載ってなかったですわ。(T^T)

 

(5)キリシタン H・チースリク責任編集 

日本における切支丹研究の総合辞典を作ると言う志で始めたにもかかわらず、素人目で見

ても中途半端な感じにまとまってしまった本。今は亡きチースリク師もちと困ってるかも

知れない。岐部も斬首されたことになってるページがある。日本側の資料だと火あぶりの

記載は無いですけど、斬首とも書いて無いし・・。

でも大分県国見町にはペトロ岐部の銅像が建っている事がわかりました。しかも岐部の資

料を展示している「国見ふるさと展示館」もあるそうで、ペトロ岐部もメジャーになっていって欲しい

ものです。もっとも、「キリシタン」と言う時点で、メジャー化の道はかなり閉ざされてる気がしますけ

ど、それはいいっこ無し。(^^;

 

(6)キリシタン人物の研究−邦人司祭の巻 H・チースリク 吉川弘文館 

チースリク師によるペトロ岐部を含む3名の邦人司祭に関する研究書。ペトロ岐部関係の

資料のうちでもっとも基本的、根幹的書物であり、すべてこの本からの引用に基づく。

チースリック師としては、岐部の業績を明らかにし、350年前鎖国による情報封鎖のため

に果たせなかったペトロ岐部の「列聖(聖人としての認定)」を視野に入れて研究を進め

ていたようで、学者としての冷静な記述の中に岐部への激しい思い入れが時折垣間見える。

良い本だが、古本価格がかなりする(2万弱)ってのが困りもの。おいらは相場の半額くらいで思い切っ

て入手したが、それ以降、購入図書価格の上限が跳ね上がり、財政的ピンチを招く原因となった。(^^;

 

(7)世界を歩いた切支丹 フーベルト・チースリク 春秋社 

カトリック新聞での連載をまとめた本。ザヴィエル師を日本に導いたアンジロウ(池端弥

次郎)に始まり、天正遣欧使節、支倉六右衛門ら、鎖国の完成以前に世界中に足跡を残した

日本人切支丹達を列伝の形で描いている。特に「ボリス・ゴドノフ」統治下のロシア(モス

クワ)で師と共に拘束され、10年近い監禁と拷問にも屈せずに殉教した「ニコラス・デ・

サン・アウグスティン」という洗礼名を持つ日本人はおいらも始めて知りました。ホント、

鎖国前は日本人も世界中に足跡を残してるんだね。しかし、ロシアにまで居たとは・・。

岐部はラストに1965年に立てられてた銅像の写真と共に登場。

彼の生き方の強さを「さむらいは主君(キリスト)の御用に立つべきこと」と考える普通の侍の思想

として捉えている点は面白い。この本は1500円くらいで手にはいるのでお薦め。

 

(8)海賊の末裔−波乱に富んだ岐部神父の物語 フーベルト・チースリク 中央出版社 

ドイツのカトリック系雑誌の寄せた原稿を師自らが日本語訳したもの。岐部の生涯をローマ

到着以降に重点を置いて描いてあるのが特徴。これは師が、自力でローマに辿り着いたこと

よりも、異国で安逸な生活も出来たであろうに、それを捨て障害を乗り越えて、死が必定で

ある日本に潜入し、最後まで信念を貫き通した姿勢をより高く評価しているという事だろう。

あとがきには、師が岐部に取り組むことになった過程や、銅像制作者舟越保武氏の制作記録、

岐部の故郷国見の人たちが、師から岐部の業績を始めて聞いて感激し、顕彰会設立、銅像建設へと盛り上

がって行く様子も描かれていて、微笑ましい。小品だが、中身のある良い本である。

 

(9)王の挽歌 上、下 遠藤周作 新潮文庫 

父、ロマノ岐部は本家筋に当たる岐部左近大夫と共に大友家に使えた。大友家の最盛期と

没落期を共に経験したのがドン・フランシスコこと大友宗麟。フランシスコ・ザビエル

に面会を許すなど、キリスト教とは日本普及初期から関わり、南蛮貿易、武器の輸入、領

内の寺社勢力の削減もありイエズス会とある種の協調関係を持ち続けた。九州平定を目指

したものの、自身が武人肌でなかった事もあって南の島津四兄弟、西の龍造寺隆信の反

撃を受けて衰退。豊臣政権に保護を訴えるが、領地の大幅削減案を飲まされる事に成る人物を、近代的

苦悩を持った男として描く。彼の栄光と没落は部下であった岐部一族の生活に直結しており、幼い岐部

一族没落期の苦労を味わったことだろう。作品も、キャラも悪くないと思うのだが、遠藤氏の脂の

乗り切った作品と比較するとなんとなくショボイ感は否めないのが残念。

 

10)旅びと−ペドロ岐部の一生 松永伍一 平野遼 偕成社 

ペトロ岐部」の著者でもある松永伍一氏が小学校高学年以上を対象に書いたペトロ岐

部の伝記物語。チースリック師の説を参考に、父ロマノ岐部を岐部甚右衛門とし、マン

ショ小西との友情を絡めながら、岐部の壮絶な生きざまを描く。キリシタンである岐部

一族が朝鮮の役では人を殺さなかったつーのは、「ドチリナ・キリシタン」の内容とも異

なり言い過ぎだと思うが、岐部のアラビア越えからエルサレム入りなどは読み応えが

あって良い感じ。将軍家光との面談はちょっとやりすぎに思うが、こう書きたい気持ちは良くわかる。

同シリーズに「魔法のバテレン金鍔冶兵衛」もあり。個人的には挿し絵がイマイチ好きに慣れないんで

すよねぇ。

 

11)天正遣欧使節 松田毅一 講談社学術文庫 

岐部、マンショ小西らは追放先のマカオを出奔、神父になるためにローマに向かうわけ

だが、先輩として彼らを後々まで影ながら援助してくれたのが、かつて天正遣欧使節

一員としてローマの地を踏んだことのある「原マルチノ」。信長とも親交のあった巡察

師ヴァリャーノの発案で波濤を超え、日本人代表としてローマに送り出された少年使節

の経歴や旅の苦労と歓喜を、イエズス会等の教会資料の他、自ら実際にその地を訪れた

経験を踏まえて丹念に記した労作。日欧交渉史、日本切支丹研究の巨人である著者にとっても、もっと

も愛着のある作品であり、その情報の密度と質の高さから遣欧使節関連では必読の書。彼らを迎える

ローマ他、イタリア各都市の大フィーバー振りが凄いんだ、これが。身近に原やトマス荒木のような

実際にローマに行った」人がいることが、岐部らの「ローマ行」を暴挙では無く、実現可能な事柄

と捉えさせていたのでしょうね。ちなみに表紙の人物は中浦ジュリアン。

 

12)長崎のオランダ医たち 中西啓 岩波新書 

天正遣欧使節の一人、中浦ジュリアンが穴吊るしの拷問の最中「私はローマに赴きし、

中浦ジュリアン!」と叫んで殉教した時、一緒に吊るされていた日本管区長のクリス

トヴァーノ・フェレイラは棄教して命を永らえる。日本における最高責任者の棄教は

弾圧の中で活動を続けていた組織に大打撃を与えただけでなく、フェレイラは沢野忠庵

(忠安)と名乗り、日本人の妻を得て幕府の手先になった。捕らえられて江戸の評定所

に引き出された岐部は、拷問の苦痛を得ることなく棄教する様に奨めるかつての上司に対し、改心

するように訴える・・。南蛮医アルメイダ、シーボルトなど日本に西洋医学を伝えた人物の列伝

である本書は、転び者(棄教者)として、宿敵であるオランダ人に嘲笑われながらも、幕府の典医、

通訳として医学、天文学の知識を後世に伝えた「沢野忠庵」のその後と家族について記されている。

 

13)沈黙 遠藤周作 新潮文庫 

揺れ動く心を繊細に追う描写と緻密な構成で遠藤文学の代表作とされる作品。棄教者

フェレイラを主人公の人物造形の参考としているものの、史実では無くあくまで非常

に良くできた創作小説。主人公の棄教の背景が神への不信だけではなく、「拷問にあっ

て呻吟している信者を助ける」という構成になっているのが最初読んだ時にちょっと意

外だった。棄教の是非は信者でも当事者でも無いおいらにはなんとも云えないが、善悪

だけで論議するわけにはいかないことを感じさせてくれる。

 

14)大分県先哲叢書−ペトロ岐部カスイ H・チースリク監修 五野井隆史 大分県教育委員会 

大分県が発行している郷土の偉人を紹介する書籍の一つ。前半、ほとんどの人が興味

無いであろう岐部家の歴史が延々と続き泣きそうになるが、それ以降は読みやすい良著。

国内資料が充実しており、岐部のマカオ渡航時期が1615年であるなど、新しい情報の

記載も多い。著者は上智大学出身の人。入手のし易さとコストパフォーマンスでは

今だと一番と思う。でも、高校生以上向けって感じだね。

 

15)ペドロ・カスイ・岐部−日本のマルコポーロ 岩波倭雄 ドン・ボスコ社 

キリスト教系の小冊子。内容はほとんどがチースリク師の「キリシタン邦人司祭」から

の引用。まぁ、岐部の本はすべてそうなんだけど・・。どおってことない本だが「日本の

マルコポーロ」というコピーはこの本からかな。ピントが外れてるので、個人的には

まり好きなコピーじゃないですけど。どっちかっていうと「三蔵法師」とかと絡めた

ほうが良かったのにと思う。表紙は世界地図に岐部の旅の経路を示しており、いい感じ。

 

16)国見物語 第12集 特集ペトロ・カスイ岐部の生涯 国見町郷土史研究会 

国見町郷土史研究会発行の郷土史研究誌。隠れた石碑の内容調査など地道な調査記録

とともに、岐部のオペラ化を記念したペトロ岐部特集号。「幕府に処罰された人物

町が顕彰してよいのか。」という、かなりピントがずれてるがいかにも有りそうな反対

論を説得し、郷土が生んだ偉人として「ペトロ岐部威徳顕彰会」が発足し、記念公園、

銅像製作、郷土の人たちによるエルサレム、ローマ旅行、オペラ化と盛り上がる様子

が、当事者によって語られる。巻末のチースリック師の喜びに満ちた文章が微笑ましい。

 

17)黄金のゴア盛衰記−欧亜の接点を訪ねて 松田毅一 中公文庫 

キリスト教の布教拠点であり、アジアとヨーロッパの接触点として歴史上大きな

役割をになった「ゴア、マカオ、マニラ、長崎」の4都市の成立過程と歴史上の

役割について記した書。松田氏の著作だけあって、ここでも綿密な文献調査と実

際に現地に足を運び、肌で触れた気候や文化が丁寧に描かれている。厳密な意味

では研究書のジャンルには入らないが一般人が知るには十分な情報が詰まっている

良著。参考文献での引用も結構多いね。

 

18)無冠の群像(上) 花田衛他 西日本新聞社

九州に縁のある人物の列伝。上巻では幕末以前に日本と海外との交流に関与し

た人達を取上げており、天正遣欧使節、じゃがたらお春らと共にペトロ岐部を

取上げている。岐部文書を代々受け継いできた農家(岐部家当主岐部増吉氏宅)

外国人神父が訪れ、当地出身のペトロ岐部について調べてに来たという。

何かの役に立てればと公民館に集めた岐部姓の人達を前にチースリク師が語り

始めたのは、自分達と同じ姓を持つ知られざる男の壮大な生涯であった。「ペトロ・カスイ

岐部は、そりゃぁ偉大です。同時にチースリク神父も偉いですねぇ。私も田舎の百姓だけ

でなく、何かをせねば、と思うのですよ。」と語る増吉さんは、岐部家の歴史の調査を続けて

おり、娘さんは師の影響で洗礼を受けるに至った。チースリク師の静かだが激しい情熱が、

いかに人々の心を打ったかを伝える印象的なエピソードと思う。

 

19)世界を歩いた伴天連−ペドロ岐部の生涯 聖心の使徒別冊写真集 祈祷の使徒会本部

カトリック関係書籍の別冊と思われる小冊子。30ページちょっとの分量だが、

中々に充実の内容。岐部縁の地の写真や当時の様子を描いた絵画、岐部の

手紙等をちりばめながら、岐部の波乱に満ちた生涯を辿っている。どうやら

祈祷の使徒会チースリク師が日本の指導司祭を勤めておられた模様。

そら、そーだよな、ここまくると普通の人だと無理だもんな。お奨めですが

入手は困難かと思います。

 

20)大分県先哲叢書−ペトロ岐部カスイ資料集 大分県先哲資料館 大分県教育委員会

ペトロ岐部に関する日本語資料(岐部文書含む)、欧文資料、欧文資料翻訳を

集大成。初出のペトロ岐部書簡など初めて供される20点の資料含め、歴史上

の人物として岐部の生涯を浮かび上がらせる。これまで、断片的に紹介され

てきた資料を一気にまとめて読む事が出来るのは大変ありがたい。とはいえ、

公共の図書館が買うか買わないかといったレベルの本格的な資料集。個人が

 気軽に手にするものじゃ無いし、手間もお金もかかってます。なんつーか、大分県の本気を

ひしひしと感じますね。(^^)

 

21)大分縣地方史第54・55号−大分県(豊後・豊前)キリシタン特輯号(昭和45年1月) 大分県地方史研究会 

大分県発行でチースリック師が寄稿している事から、中身を知らずに購入した

所、ビンゴ!。論説“東国東におけるキリシタン”中の半分位がペトロ岐部関

連。特に岐部一族の歴史とペトロ岐部の父ロマノ岐部、弟ジョアン五左衛門

について詳しく追いかけてある。最後まで“主君の御用に立つべき者”として、

志を曲げることなく殉教した岐部の生き方を、落日の大友義統に最後まで仕え、

関ヶ原合戦時、旧領回復をかけて黒田如水と戦って戦死した岐部城最後の城主岐部左近ら一

族達の愚直なまでの生き方と重ねる河野清美氏の指摘も興味深い。

あと“世界をあるいた伴天連”の表紙にも使われてある岐部の画像だが、作画を依頼したの

岐部の友人で、「日本殉教録」に岐部の伝記を書いたカルディム神父であることを思うと、

その姿は結構似てるのかも知れないと思った。

 

22)愛の証−ペトロ岐部と一八七人殉教者 カトリック中央評議会、殉教者列福調査委員会 

1981年ヨハネ・パウロ二世教皇の来日を機に下調査に着手し、1984年にローマ

聖座の承認を受けて列福調査の始まった、「ペトロ岐部神父と187人の殉教者

について、調査終了間近の1995年に多くの人に彼ら殉教者のことを知ってもらい

たい意図で発行された小冊子。188人の人選は日本司教団によるものであり、選

出された人物の多くが一般信徒であることも特徴の一つ。本著の表紙及び題名

には先輩で一般的には、より著名な気もするジュリアン中浦ではなく、ババーンと岐部が登場

たぶん最後の日本人殉教司祭ということも背景にあるのでしょう。紹介文の末尾、「国東半島の

岐部村の城山の麓に岐部神父の勇姿のブロンズ像が建っている。再び旅立つかのように若者

の心を誘うかのようにである。」も良い感じ。2007年3月、ローマ法王庁は近々、彼らを栄誉

ある「福者」に列する見通しとなる事を通達。信者ではないあっしも影ながら嬉しく思って

おります。

 

23)大分県先哲叢書−ペトロ岐部カスイ【普及版】−世界を旅した不屈の伴天連 神崎信博、利光敏郎 大分県教育委員会 

大分県先哲叢書は、資料集史伝、普及版の三種一組から成っており、その普及

版に相当するのがこれ。史伝では一般人にはかなりきつい冒頭の岐部一族関連の

記載をバッサリ無くし、小学校高学年から中学生辺りを念頭に置いて綴られた

ペトロ岐部の伝記。岐部の出国時期など史伝で明らかになった新規事項もきちん

と含めて、その壮大な旅路をわかりやすく記載している。ローマへの旅程など

は他の本と比べてもわかりやすいんじゃないかな。しかし、最初から三つで1セットだったとは、

大分県先哲叢書、気合いの入り方が尋常じゃないな。(笑

 

24)男四人、道一つ 結城了悟 日本二十六聖人記念館 

“殉教したイエズス会のニオラオ・ケイアン、ジュリアン中浦、ディオゴ結城、

ペトロ岐部”という副題を有す2008年に列福された187人の殉教者の内、

だった四名の誕生から死までを描いた著。セビリアに生まれて日本に帰化し、

2008年11月に亡くなられたイエズス会神父、結城了悟師の著作。ちと思い入れ

が強すぎる感もあるが、これは師の経歴を考えると致し方ないところ。

最新の研究成果をさりげなく盛り込んだ形で四人の生涯を紹介しており、特に比較的マイナー

なニコラオ・ケイアンと自らの帰化名の由来としたディオゴ結城(結城了雪)については、

短いながらも気合の入った見事な内容と思います。

 

25)ペトロ岐部と一八七殉教者 日本カトリック司教協議会列聖列福特別委員会 カトリック中央協議会 

列福承認を受け1995年に発行された「愛の証」を調査の過程で明らかになった

事実を追記し、新たな編集方針に沿って編みなおされた書。紹介する人物は同

じだが「愛の証」とはまったくの別物。現地の写真なども多く追加されており、

公式本といえる内容になっている

 

 

26)恵みの風に帆をはって−ペトロ岐部と187殉教者物語 「まるちれす」編纂委員会編著 ドン・ボスコ社 

ペトロ岐部と一八七殉教者」の文章に基本的に準拠した絵本。実際の文章は

長崎教区の司祭さん達が書いており、それぞれの個人の色が若干感じられるが、

基本的な統一感はある。絵があるとキャラクターへの理解がグッと深まるので、

読後の印象は「ペトロ岐部と〜」よりずっと強い。正直こっちの方が、大人が

読んでも面白いと思います。「赤いバラとご聖体」だけがちょいグロ。まぁ雲仙

殉教が舞台なので仕方ないですが。表紙は多分、岐部とミゲル松田神父。ついに岐部の絵本が

出たかとある意味感慨深い。

 

27)ペトロ岐部カスイ 五野井隆史 教文社 

「おっ、また五野井さん岐部について書いたのか!」と思ったが、中身は「大分

県先哲叢書」の新装再刊版。冷静に考えればそりゃそーか。ダイジェストを立て

続けに読んだ後でこの本を読むと、「素人さんそこまで求めてないんじゃないの?」

と感じた詳細な記載も「そうそう、どうせならやっぱここまで書いてくれないとな。」

とある意味安堵感を覚える。岐部の旅って常識外れのスケールなので、情報量が

多過ぎで要約しちゃうと、せっかくの面白いところが省かれちゃいますからねぇ。それゆえ、

映像化は凄く難しい訳ですが。本書の入手がより容易になったのは喜ばしい事です。

 

関連サイト

菊屋・・大分のお菓子屋さん。「ペトロ岐部」はミルクたっぷりの皮と芝栗の入ったしっとり餡がイカス!

大分県国見町・・岐部の故郷。観光情報に「国見ふるさと展示館」「ペトロ岐部記念公演」あり。

 

関連人物

高岳親王 ・高山右近 ・ヴァリヤーノ ・フランシスコ−ザビエル ・池端弥次郎 ・ルイス−フロイス

 

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