西岡京治(にしおか けいじ)

1933(昭和8).2.14〜1992(平成4).3.21

 

1933年、京城(今のソウル)に解剖学者西岡辰蔵、利恵夫妻の長男として生まれる。一家は1945年

11月に引揚船で帰国。大阪府八尾市に居を構える。八尾高校で登山とカメラに目覚め、戦後の食糧危

機の体験から農業指導を志し、大阪府立大学の農学部に入学。当時助教授だった中尾佐助先生に植物

学と京大学派としてのフィールドワークの手法を学ぶ。当時、中尾氏は川喜多二郎氏と共に日本山岳

隊のマナスル遠征に学術調査隊として参加するなど、ヒマラヤ研究の第一人者であった。府大卒業後、

大学院に残ると共に、川喜多氏のいる大阪市大の研究生に成り、西北ネパールの8ヶ月に及ぶ調査行

に参加。調査結果の一部は一般向けの啓蒙書「鳥葬の国」として刊行され、好評を博した。京冶は

大麦の栽培史の空白を埋める、野生の二条、六条大麦を発見しただけでなく、地元の人々から「アム

ジー(お医者さん)」と呼ばれて慕われた。このときの講演をきっかけで二階里子と知り合い、府立

園芸高校の教師になった1961年の12月に結婚。恩師中尾佐助氏を隊長とする「東北ネパール学術探

検隊」に副隊長として里子とともに参加。これを機に、ブータンへの農業指導者としての派遣される

事を望むようになる。

 

 1964年、脱穀機すら普及していないヒマラヤの国ブータンに奥さんと二人で赴任。実験農場を作る

事から始めて、人材の育成、稲の並木植えの導入と新品種の導入による生産量の増大、野菜、果物

栽培の普及と食生活の改善。実験農場が国家的農業機械化センターへと拡大していくにつれ、農業

分野を超えた国家開発に精力的に従事。焼畑にのみ頼っていた山岳の最貧地域に水田を開き、橋を

架ける際にも、いたずらに莫大な費用のかかるコンクリート製の橋を架ける事をせず、地元の吊橋

架橋技術がそのまま使え、耐久性に優れたワイヤーロープ製の橋を多数かけて、流通を促進すると

共に、身の丈にあった開発を、地元の人達の手で地道に推し進めた。

その成果は20年以上という異例の長期指導を続ける京冶に帰国を促す目的で派遣された、国際協力

事業団の調査団すら絶賛するに至っており、日本の国際協力事業の最も成功した例とも言われる。

 

1980年9月4日、京冶らの活動を積極的に支援してきた王室から、「ダショー(BESTの意)」の爵位、

ブータンの民族衣装「ゴ」にかけるえんじ色の布と銀の鞘に納まった剣を授かった。1989年、昭和

天皇の大葬の礼には代表団の一員として、国王と共に帰国。90年の花と緑の博覧会では、ブータン

の国の花とも言う「青いケシの花(メコノプシス)」、幻の花「ノビレ・ダイオウ」を展示、手配を

行った。

 

花博の翌々年、敗血症が元でブータンにて急死。葬儀はブータンのしきたりに従って、京冶が心血を

注いだパロ谷を見下ろす丘で行われた。今、パロ農場の一隅には仏塔(チョルテン)が建ち、パロの

農場とブータンの発展を見守っている。

 

注目理由

 1990年の開催された「花と緑の博覧会」。その時出展されたヒマラヤの高地に咲く「青いケシの花」。

 厳しい環境に美しい花を咲かせるこの花は「高山の女王」と呼ばれるヒマラヤを代表する可憐な花

です。ブータン館に展示されたこの花の採集と展示はブータンで28年間もの長きに渡り、農業指導

に従事し、国王から「BEST」を意味する「ダショー」の称号を賜った西岡京冶氏によるものでした。

 

河口慧海師による「西蔵旅行記」以降、日本には欧米とは異なる流れと深さを持つヒマラヤ、西域

探検と調査の歴史があります。これらは、どれも凄い面白いんだけど、深く知るにつれ、ある種の

違和感というか空虚感を感じていました。これは、みな旅人や異邦人に過ぎないこと、其処から得

ようとするものの大きさに比べて、その土地の人々に与えるものがあまりにも少ないことに起因し

ていたのかもしれません。しかし、西岡京冶氏の存在を知るにいたり、河口師に始り、今西錦司ら

戦後のヒマラヤ研究者の系譜が、間接的ではありますが、美しくも偉大な成果に関わっていた事を

知ることが出来、少し救われた思いがしました。

 

 ケシの花のように、慎ましくも力強くそして美しい西岡氏らの業績を讃えると共に、大地に足をつ

けて逞しく生きる人々の住む、西域の旅へ、どうぞ。

 

参考文献

(1)ブータン−神秘の王国 西岡京治・里子著 NTT出版

ご夫婦の連名だが、中身は奥さんである里子さんによるブータン体験記。初版では

ブータン滞在14年目までの生活が描かれていたが、再刊である本書にはその後の

動成果、京冶の死と葬儀、一周忌の様子までが追加された。ブータンの紹介書で

あると同時に農業指導に対して「中央集権」と「都市型開発」をさけ、最貧部の農

村、山村の食糧自給や経済活動を自助努力に基づく地道な変革による向上を実行して

 きた、京冶の技術協力への基本的考え方が記されており貴重。なお、写真は京冶氏によるもので、

他の本にも多く引用されている。

 

(2)ブータンの朝日に夢をのせて 木暮正夫作 こぐれけんじろう絵 くもん出版

西岡京冶氏の唯一の伝記。小学生高学年以上を対象としているため、ひらがなが多く、

(1)からの引用が多いが、幼少期の記載など西岡氏の全体像を掴むには今のところ最

良の本。表紙もダショーを示す臙脂色の布を肩にかけ、銀の鞘に納まった剣を吊るし

た西岡氏がお祭りに参加している様子を用いており、いい感じ。著者の木暮さんは古

株の児童文学者です。氏の「また七ぎつね自転車にのる」で小学校3年生の時に読書

 感想文を書いたっけなぁ。

 

(3)民族探検の旅 第3集−インド、ヒマラヤ 学習研究社

大判、カラーの写真を多用した「眼で見る民族史」というコンセプトで編集されたシ

リーズ(全8巻)。京冶は「ヒマラヤの王国−ブータン」を担当して、文章だけで

なく貴重な写真をも寄せている。中尾氏や川喜田氏の愛弟子としての優れた文化人類

学者の面を見ることができる。日本とのブータンの類似点をモンゴリアンの仏教国と

いう捉え方だけではなく、「照葉樹林帯の東端と西端にあたる」と捉えている所に

尾氏の直接的影響が伺えますね。また、親子2代に渡るカメラ好きの西岡氏にとっては自分の写真

がカラーでこんなに大きく取り上げられて本になったというのは、特別に嬉しいことだったんじゃ

ないかなぁと思います。

 

(4)鳥葬の国−秘境ヒマラヤ探検記 川喜田二郎 講談社文庫

今西錦司率いる京大グループの若手リーダーの一人で「チベット二郎」の異名を持つ

川喜田二郎隊長率いる西北ネパール「トルボ地域」調査隊による一般向け啓蒙書。人

類学の調査記録としては古典だが今読んでも役に立つ名著。これ読むと、京冶が京大

グループの系譜に連なってるってのが良くわかります。恩師中尾氏の推薦により植物

調査担当として参加した初の海外調査行であり、出発までの地道な準備、現地ポーター

との駆け引き、現地民の習慣や文化を乱さないでの調査など、8ヶ月の体験により大きく成長した

ことが読んでいてもわかる。後のブータンでの成功を支えた、温かい人柄と怒らない、愚痴らない、

あわてない、へこたれない姿勢は25歳のこの時点でも伺える。西岡アムジーと呼ばれて、中々の

モテモテ振りも楽しめます。なお、川喜田氏は杉山龍丸さんとも親交が深かったとか。要チェックだ。

 

(5) チベット旅行記1〜5 河口慧海 講談社学術文庫

仏教の原点を求めてヒマラヤを超えて厳格な鎖国下のチベットに単身赴き、ラサ潜入

に成功。医師(名医)として生活する一方、優れた仏典研究を行った河口慧海師の旅

行記。チベット関係の書としては、第一に取り上げられる世界に誇る名著。宗教者で

はあるが、実生活の中で得た詳細な記録と卓抜した視点による、文化人類学、社会学

の記録であると共に、超〜面白い探検記でもある。植村の冒険行と比較してもかなり

(ある意味遥かに)凄い。一人で旅をしているため、困難に遭遇した場合、自らの覚悟と機智で対

応しなければならず、読者はハラハラドキドキの連続。興味の無い人には仏教経典の説明とかがき

ついと思うが、テンポになれると全5巻にもかかわらず一気に読めると思います。挿絵もグーです。

 

(6) 秘境西域八年の潜行 上、下、別巻 西川一三 芙蓉書房

福岡の修猷館から満鉄に入社。青雲の志やみがたく、退社し外務省のシナ西北地域で

活動する人材の育成機関「興亜義塾」に入塾。特命(たぶんヒマラヤ経由で蒙古から

インドへ軍を侵攻させるための兵站地誌作成)を受けて、ラマ僧に偽装して蒙古を旅

立つ。蒙古からチベット、ラサに潜入。ラサで日本敗戦の噂を聞き、インド潜入を決

意。托鉢行をしながらインド聖地を巡礼。日本人特務同志の自首により身柄を拘束さ

 れ、日本に帰国するまでの8年間の記録。当時の日本人特務たちと異なり、福岡人の伝統に連なる

 大アジア主義からくる差別の無い姿勢と社会人も経験した普通人の視点が好感を与える。ラマ僧、

キャラバンのラクダ曳き、巡礼僧含む西川氏の体験内容も凄い。「鳥葬の国」に出てくる「処女の

大腿骨で作った笛」とか実際に使って生活してるのが凄い、河口師の「チベット旅行記」に匹敵す

る偉大な紀行記。個人的には西域ものでは一番好き。ぜひ読むように。なお、本著を進呈してくだ

さった銅丸さんにも感謝です。(^^)

 

(7) 秘境西域八年の潜行 上、中、下巻 西川一三 中公文庫

(6)の刊行から24年。一部削除されていた部分を追加し、オリジナルの原稿に近い

形で再刊された文庫版。手軽に持ち運べるだけでなく、実際の時間の流れに沿って

再編集されているので、西川氏の旅をより身近に追体験できるようになった。別巻

の写真が省略されているのが残念だが、TVの取材結果としてレボン寺や一緒に修

行した友人が追加されている。また、解説では西川氏が日本山岳協会のマナスル遠

征に際し、西堀栄三郎氏に語学コーチをしていたなど、戦後の西川氏の側面を垣間見ることが出

来る。最近古書での流通量が増えてきたようなので、お奨め!

 

(7)ブータン横断紀行 桑原武夫 講談社 

印中紛争の最中、京大グループとしては12年ぶりに入国を果たした松尾隊による

ブータン調査紀行。桑原武夫氏は総責任者としてブータン政府との入国交渉に当た

った。ブータンの近代化支援とか謳ってるけど、ホントの狙いはいまだ未踏峰であ

るブータンヒマラヤの最高峰「ガンケルブンツム」他の登山ルート探索。彼等を

招いた王妃様(現皇太后)が、そのことはわかってて呼んでるから、まぁいいか

京治と里子さんは在国5年目で、野菜栽培の普及に弾みがついた頃。パロが王妃様の離宮である

こともあり、王族の信任も厚く、入国、滞在期間延長、通訳、旅の手配など忙しい時間を割いて

協力している。専門的な調査報告としては表面的すぎるが、一般向けの調査記録としては内容も

地域も広範囲にわたっておりお奨め。なお、後に京治が授かった「ダショー」より上の爵位は

「王室諮問委員8名」「内務副大臣1名」「国務大臣4名」「大僧正」「王様」しかなく、大臣

経験者以外では相当な高位であることがわかる。

 

(8)ブータンスタイル−仏教文化の国から 本林靖久 京都書院アーツコレクション 

著者は、仏教葬礼の研究目的で1988年にブータンを訪れた文化人類学、宗教社会学

の専門家。文庫サイズではあるが、ほぼ全ページにカラー写真を掲載し、ブータン

の歴史、文化、風習、日常の一コマまでを視覚的にわかりやすく紹介。最初の調査

行では、西岡氏とも面識があるとのこと。道路工事等を行う外国人出稼ぎ労働者と

の生活格差や民族主義の高まりなどに対し懸念を評してはいるものの、国王の提案

するGDP(国民総生産量)にかわる指標、GNH(国民総幸福量)に代表される、近代化の速度を落

としながら、伝統と文化を、環境を保ちつつ、ブータンがブータンであり続ける道を模索してい

る過程に一定の評価を与え、調和の取れた未来を願っている。

 

(9)花と木の文化史 中尾佐助 岩波新書 

京冶の恩師である中尾佐助氏による、花や庭に植える木など主として花卉(かき)

と呼ばれる、観賞植物の栽培について、世界の各地地域におけるの普及と発達の歴史

を一般読者にわかりやすく紹介した書。中国におけるボタンと菊、西洋では古代バビ

ロンやエーゲ海文明以来、特別な寵愛を受けてきた薔薇、デュマの「黒いチューリップ

に描かれたオランダのチューリップ狂想曲から、帝国植民地主義の発達によるプラン

 トハンター達の活躍を描く。また別の章では江戸期に世界の歴史から見ても輝かしい発展と日常生

活への普及を見た日本の花卉園芸について大きく取り上げている。最近「ガーデニング」とやら

が盛んだが、観賞用に木々を植える習慣自体が日本発であることなどは興味深い。しかし、植物

学者というのはDNA評価導入以前であっても、これほどの知識量を有しており、この上、実地栽

培までやるとなると、京冶が学んだ知識の膨大さにちょっと愕然としますな。なお、中尾先生は

京大グループの中でも奇心旺盛で冒険心と行動力に富んだ人物として知られてます。

 

(10)秘境ブータン 中尾佐助 現代教養文庫 

京治の師で、日本人としてはじめてブータン入りを果たした中尾佐助氏によるブー

タンでの植物調査行の記録。まともな地図は無く、車が走行可能な道が一本も無い

という、前近代社会に国賓待遇で迎えられた筆者が長年夢見たブータンでの植生

調査を果たした興奮と感激が、つづられる。中尾氏から京治に連なる、学究とブー

タン近代化への一助という伝承を把握する上でも重要。ブータン国成立の歴史や

国際情勢、植生、気候についての見解など、他のブータンものと比べると2倍、いや4倍といって

よい圧倒的情報量を誇り、著者の広大な知識に裏打ちされた科学的かつ人間味あふれる描写で面

白さの点でも他の追従を許さない名著。エッセイスト・クラブ賞も受賞している。この本だけは

絶対読むように。

 

(10)世界無銭旅行者−矢島保冶郎 浅田晃彦 筑摩書房 

チベット入りを果たした日本人は河口慧海師をはじめとし仏教の研究を目的とした

僧侶が多いのだが、僧侶ではない民間人としてチベット入りしダライ・ラマ13世

に気に入られて、チベット陸軍の軍事顧問になった快男児、矢島保冶郎の伝記。

日露戦争では旅順攻撃、しかも白襷隊に参加。慧海師の「西蔵旅行記」に感激して

軍を除隊。中国大陸放浪の後、チベット潜入を果たす。2度目のチベット入り後、

ダライ・ラマの信任を得、豪商の娘を娶り、軍事顧問(自称陸軍大将)として栄華を極めるが、

イギリスの圧力により帰国を余儀なくされる。帰国後は、押川春浪ら協力者達の死もあり、類まれ

な経験を持つ人物として評価されることは無かった。単純だが押しの強いキャラクターがいかにも

明治チックで興味深い。妻の死、経済的不遇もあり、若き日の栄華が忘れられず、自分と社会と

の間の調整をうまく取り付けることが出来なくて、後半生を無為に消費してしまった姿が切ない。

 

(11)ブータンの花 中尾佐助、西岡京冶 朝日新聞社 

恩師と京冶の共著によるブータンの植生に関する本。日本と同じ照葉樹林帯に属し、

独特かつ艶やかな発達を遂げているブータンの植物について、花を切り口に植生

や利用法まで踏み込んでまとめてある。その為ただ単に花の写真を見て楽しみたい

というニースの人には、専門的過ぎて向かないかも。全ページ和英併記ってのも

気合入ってて凄いが、そのぶん読みにくい感もあり。とはいえ、写真好きの二人

にとっては、個人的にも楽しい仕事だったのではと推察する。京冶が激務の中、専門家としての

植物調査を並行して行っていたことが写真や彼の発見した新種の植物(地味な高山植物)にも

伺える。しかも、あの植物を見て「新種かも」と思い至るに必要な分類学上の莫大な量の知識を

現役として有していた事を思うと、京冶の植物学にかける情熱に対して素直に脱帽。個人的には

後半の植物の利用法についての文化人類学的記載が楽しかった。これで、もう少し安ければねぇ。

 

(12)料理の起源 中尾佐助 NHKブックス 

京治の師、中尾佐助先生による、我々にとっても身近で重要な食物(米、麦、乳製

品等)の栽培と調理法の歴史。米や麦のもっとも初期の調理形態が稲穂ごと焼く、

一種の炒り米だったことや、モンゴル人などが生乳(カルピスみたいなもの)は

飲んでも乳糖を分解できないので牛乳をそのまま飲むことはないなど、広範な経験

と知識に裏づけされた、物事の奥底までおりた議論には目から鱗。お寿司に酢飯を

使っているのは、本当は、なれずし(ふなずしのように乳酸発酵させた鮨)を食べたいのだが、

できるに1ヶ月近くかかるため、魚とご飯に酢を含ませて代用している、という指摘もふなずし

の本場に住むおいらには実感あり。小麦の項では、京冶の発見した野生小麦についてもチラッと

言及されている。なるほどねぇと、うならされる実に楽しい名著と思う。

 

(13)回想のモンゴル 梅棹忠夫 中公文庫 

京大グループでも有数の行動家である梅棹忠夫氏による、氏の最初のフィールド

ワークであったモンゴル研究の思い出をまとめた文庫本。著者の研究にかける情熱

と、若き血を燃やした大地への愛情と郷愁を感じさせる作品。学者の本ですがエッ

セイとしても一級品です。フィールドワークの仲間としてここでも中尾先生が頻繁

に登場します。しかし中尾先生と梅棹先生、ほんと世界中行ってますね。学問上の

成果のみならず、その行動力はホント凄いです。梅棹先生の同路線の本としては、「実戦・世界言

語紀行 岩波新書」もお奨めです。

 

(14)昭和20年8月20日−内蒙古四万奇跡の脱出 稲垣武 PHP出版 

「回想のモンゴル」で梅棹先生が記した、終戦によりソ連機甲化部隊が侵攻して

くる中、張家口から4万人の日本人が無事に脱出できた奇跡の背景。一歩間違

えば、多くの犠牲者と残留孤児を生んだ満州からの引き上げの悲劇と同じ状態に

なるところであったが、終戦の知らせを受けても居留民保護のため戦犯覚悟

軍による迎撃防衛を決めた駐蒙軍指揮官と、「戦争が終わったのに死んだらバカ

らしい」という思いを押し殺して戦った兵士達70名以上に及ぶ犠牲によってなされた、知ら

れざる激闘と奇跡的大撤退作戦を描く。 マジ感動。皆さん、ぜひ読みましょう。

 

(15)ネパール王国探検記−日本人世界の屋根を行く 川喜田二郎夫 カッパブックス 

日本山岳会によるヒマラヤ(マナスル)遠征隊の別働隊である学術調査隊として、

川喜田二郎氏が植物学の中尾佐助氏と共に、戦後初の本格的なヒマラヤ(ネパー

ル)の調査を行った際の記録。この調査行が中尾氏のブータン入り、京冶も参加し

た川喜田氏を団長とする2度目のネパール調査隊へと繋がる、日本のヒマラヤ学を

考える上でも重要な調査行。地理学者、民俗学者として大いなる知識と好奇心を持

 つ氏によって、短期間ではあるが広範囲で深い調査が行われているのがわかる。この調査記録の

整理過程から、産業界でもよく使われている「KJ法」が生まれたことでも知られる。村民の心

の機微にまで踏み入った記載は読み物としても非常に楽しい。

 

(16)素朴と文明 川喜田二郎夫 講談社学術文庫 

小規模な村落社会から商工業民を養うことの出来る余剰生産力を持つ都市国家段

階を経て文明に至る過程を、南洋、ネパール等でのフィールドワークの知見を

元に導き出し、船による交通機関と、谷沿いの灌漑を用いた「水界稲作民」とい

う切り口から日本という国の成り立ちまで包括する書。知的好奇心の刺激から

すると最近読んだ本では「料理の起源」に勝るとも劣らない良著。ただ読者に

当幅広い知識を要求しているので、取っ掛かりは正直厳しかったです。

 

(17)海外協力の哲学−ヒマラヤでの実戦から 川喜田二郎夫 中公新書 

「民族学上のフィールド調査でお世話になったヒマラヤの人々の生活を自分の出

来る範囲で向上させる手助けがしたい。」という、自然発生的ではあるが切実

な思いを実現させていく過程を現地担当者の記録を元に克明に描き、真のニーズ

の探索、現地の人の参画、生きがいの発揮という海外技術協力における最重要

課題を明確に提示した書。二度目のヒマラヤ行を経て「これからヒマラヤで成すべ

き事は探検や登山ではなく技術協力だ。」と思いを共にし、ブータン入りした京冶と里子さんの

業績を「私はまるで自分のことのように嬉しい。それはわれわれ(彼と私と)の技術協力の

哲学の勝利でもあるからだ。」と語り、賞賛している。序章の米国批判が全体からするとちと

浮き上がっている感がするが、それ以外はロマンチズムと理論にある種の一貫性があり、読み

やすい本と思う。

 

(18)栽培植物との農耕の起源 中尾佐助 中公文庫 

中尾先生が世界の植物栽培の歴史的発展過程をまとめた著。バナナ、イモ類から

なる「根菜農耕文化」、雑穀、蔬菜、油脂をもちいる「サバンナ農耕文化」、ムギ類

と牧畜を統合した「地中海農耕文化」、トウモロコシ、ジャガイモ、菜豆の独自の

発展を遂げた「新大陸農耕文化」が取り上げられる。また「照葉樹林文化」につい

ても言及している。内容としては、栽培方法が主だが「料理の起源」と対になる本。

示唆に富んだ指摘も多く、面白かったです。

 

(19)文化面類学ことはじめ 石毛直道 講談社文庫 

昨今の讃岐うどんブームの中で「うどんは空海が唐から持ち帰った」という

説が横行しておりますが、「いくら、うどんと空海と平賀源内しか自慢するも

のが無いとは言え、それはやりすぎだろ」と香川出身者として思っていたので、

真面目に麺の歴史を調べる為に購入。今のスタイルの手打ちうどんが出来るには、

轆轤で作った麺棒+大鋸で挽いた平らな板+小麦の栽培の一般化+碾き臼の普及

が無いと成立しないので、江戸時代近くにならないと難しいとのこと。やはり、うどんと空海は

直には繋がって無いようです。切り麺の発生時期が明確で無いのは残念ですが、他の点について

は十分満足できる内容でした。京冶は7章「チベット文化圏の麺」でブータンのそば(プッタ)

をブータンの人に作ってもらう際に登場。1990年には稲作の発展と国内道路網の整備もあって

みんな米食になり、以前主食格であったそばが、今は豚の餌だって話が凄いです。(^^;

 

(20)チベット潜行十年 木村肥佐生 中公文庫 

秘境西域〜」の著者、西川一三氏と同時期に同じ密命を受けて蒙古から中国奥

地を経てチベット、インドに潜入した人物。インドにて日本の終戦を知り、インド

−チベット間の密輸で生活を立てるも、近代化の政治活動に参加した咎でチベット

を追われ、インドへ。日本の船が来航したとの記事をたまたま発見し、実際に見に

行ってしまったことから望郷の念止みがたくなり、警察に自首。結果、西川氏も

捕まることとなり、二人して8ヶ月の刑務所生活の後、日本への帰国を果たした。著者の生真面

目な性格が反映されてか、ちょっと報告書チックであり、飄々とした趣すらある西川氏の著作に

旅行記としての面白さは一歩譲るが、チベットの政治改革運動への参画や地誌としての出来など、

学究肌な中に熱い心情を感じさせるものがある。戦後の生活については「肥後異風者伝」参照の

こと。この本に出てくるブータン人は米作りに長け、非常に喧嘩っ早く、勇敢というより凶暴で、

喧嘩好きの東チベット人も避けて通るとのこと。あとがきにさりげなく「雪男」の正体は「熊」

と断言して有り、今は定説とはいえさすがに現地に居た人は違うなと思った。(^^)

 

(21)辺境へ 大谷映芳 山と渓谷社 

植村直己の遭難の場に居合わせ、心身共に苦しい立場にあった著者は、大学時代の

友人のコーディネートを受け、1984年、初のTV取材として観光解禁以前のブー

タンを訪れる。空港近くのパロ農場で待ち受けてくれた西岡は、ダショーの称号を

持つ全くのブータン人のようで、「まだまだやる事が多く、日本に帰る気はさらさ

ら無い。」と語り、大谷さんは西岡をそんな心情にさせたブータンの魅力を知りたい

と思う。取材旅行を重ねる中、秘境とはいえ奇祭や凶暴な部族が住むわけではなく、昔の日本の様

な風景と人々の中でゆったりとした時間だけが流れる、正直TV栄えしない土地であるブータン

は、ゆっくりと著者の傷ついた心を癒していく。なお、ブータン一の高峰「ガンケール・プンズム」

は聖山故に未だ未踏峰とのこと。

 

(22)神秘の王国−ブータンに“日本のふるさと”を見た夫と妻11年の記録辺 西岡京治、里子 学習研究社 

ブータン−神秘の王国」の旧版。情報量は京治の死とそこに至るまでの成果を

含む新版の方が多くて良いと思いますが、これはこれで現地の肌触りというか、

リアルタイムな実感が感じられる好著。カラーを含めた写真の豊富さとレイアウト

の絶妙さも良い感じです。カバー及び冒頭の著者紹介は当然のごとく中尾佐助

先生ですね。個人的には表紙とかこちらの方が好きです。

 

(23)FRONT−水の情報文化誌 1999年12月号 財団法人リバーフロント整備センター 

京治の師である中尾佐助氏の業績を“中尾佐助−栽培植物から文明論へ”と題し

特集した雑誌。冒頭の盟友梅棹忠夫氏の随想に始まり、研究室出身の学者やジャ

ーナリストらが、中尾氏の果たしたスケールの大きな学説とその驚嘆すべき知の体

系を、功罪を含めて網羅しようとしている。たぶん業界団体のPR誌なんでしょう

けど、編集者の方が誠実でしっかりした仕事をされる方のようで、大変出来の良い

特集号。実家のご兄弟へのインタビューまで行っている所にも誠実さを感じる事ができ、中尾先生

の仕事の全体像を把握するには大変役立ちました。また、照葉樹林文化論の創唱者が中尾先生で

あるという確証が得られたのも嬉しかったです。京治は本田勝一氏の文章中に中尾氏の直弟子で

真の海外援助の見本ともいうべき偉大な人物として取り上げられてます。

 

(24)小麦粉博物誌 日清製粉株式会社 文化出版局 

日清製粉が日清製粉ライブラリーの最初の試みとして出版した、小麦に関する書き

下ろしの小エッセイをまとめた本。正直、エッセイ群にはたいした興味を持てないが、

監修を引受けた中尾佐助先生へのインタビュー“人はなぜ小麦を選んだのか“は、

その視野の大きさからしてかなり面白い。なぜ、中尾先生で小麦?とも思ったが、

中尾先生は小麦の起源の研究で名を残す木原均博士の弟子。木原−中尾−西岡と続

 く系譜が、京治による中央ネパールでの野生二条小麦の発見に連なっていることがわかり面白かっ

 たです。

 

(25)ブータン仏教から見た日本仏教 今枝由郎 NHKブックス 

フランス国籍を持つチベット仏教の研究者にして、ブータンの国立図書館に近代

設備を導入するプロジェクトに従事し、10年間ブータンで生活した著者による日

本仏教への提言書。自国訳の大蔵経を持たず、特定の仏教経典のみに注力した

宗派主義であり、何より仏教の根本である戒律が途絶え、他の仏教国から見れ

ば、在家信者と何ら変わりのない妻帯在家僧呂が一般的である日本の仏教の現状

の問題点を仏教学者として明確に取り上げている。そして、世界有数のフランス人仏教研究者も

脱帽する学識を有し、清廉で信仰心の篤い恩師ロポン・ペマラ師ら、と比較し、現在の日本人

僧侶に、かつて道元が説いた「学道の人衣糧を煩うこと莫れ。ただ仏制を守りて、世事を営む

こと莫れ。ただ仏法のために仏法を学すべきなり。」の言を突きつけ反省を促している。

 

(26)ブータンに魅せられて 今枝由郎 岩波新書 

2006年12月14日、第4代ブータン国王ジグメ・センゲ・ワンチュックは譲位を

宣言し、息子の皇太子が第5代国王となった。父王の突然の死によって若干16才で

即位した為、外国への留学や大学教育はおろか高校も卒業していないにも関わらず、

インド、中国、ネパールといった大国に囲まれた難しい政治状況の中、国王親政の

形で緩やかな近代化を推し進め、1998年に自らの意思で絶対権力を放棄した新憲

法草案を提示。2007年から立憲君主制度の下での政党議会民主主義へと移行する事となった。

王は常に質素な生活を保ち、国民からその思慮深さと政治的判断に絶対的な信頼を得ているだけ

でなく、インドのアッサム分離派ゲリラの掃討にあたっては、ブータン軍大元帥として自ら最

前線に赴いて作戦を成功に導き、1949年以来長年の懸案であったインドとの不平等条約を改

し、2007年対等な主権国家としてのインド・ブータン友好条約締結を実現した。21世紀の国

家元首いうより、まるでおとぎ話に出てくる賢者王を見るかのような34年に及ぶ治世下での

ブータンの急激な、それでいて他国では考えられないほど独自色を保った変化を、王の即位と

同時期に初めてブータン入りし、国立図書館の新設だけでなく、ゾンカ語のフォント作成を含

む電子入力システムを一から作り上げるなどブータンの近代化に尽力した著者の経験を通して

描いている。ジグメ・センゲ・ワンチュックは“怯える事のない力強い獅子”の意との事だ

が、名前負けしていない希有な例と思う。

また人知れず悩み苦しみ抜いたで有ろう国王が掲げた国是が“国民総幸福(GNH)”の向上で

あり、国王自身は幸福(happiness)=充足(contentedness、達成感)と意図していると

いう指摘は大変興味深い。なお、かつて殆ど自給自足であったブータンの食生活の改善、特に

新鮮な野菜の種類と流通量が飛躍的に増えたことを西岡京治氏の功績として取り上げている。

 

映像資料

(1)世界不思議発見−第886回 爵位を授かった日本人 ブータン王国のダショー西岡 2004/09/04 TBS 

世界不思議発見で西岡京冶氏を紹介した回。(番組のHPはここ

当然、映像や声に触れるのは初めてなのでかなりドキドキ。「やっぱ、

映像と音声って凄いや」と実感。いつもよりずっと誠実に作られた

感のある、非常に出来の良い番組でした。番組制作の方に感謝です。

京冶らの開いた元焼畑の村の老人が「米というのは本当に美味いなぁ。」としみじみ語った

というエピソードと、パロ村の村長をしていたおじさんが「ダショーのことを思い出すこと

ができて嬉しかった、ありがとう。」と語るのが泣けます。番組の最後に出てこられた奥様

がまた良かったですねぇ。(^^)

 

関連人物

・西岡里子 ・中尾佐助 ・川喜田二郎 ・ジグミ.シンギ.ウォンチュック国王 

 

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