上温湯隆(かみおんゆ たかし)

1952(昭和27).11.29〜1975(昭和50).5.29

 

 

注目理由

 サハラ砂漠7000kmの単独横断に挑んだ青年。3000qまで進んだところで、ラクダが衰弱死して

 1回目は挫折。本人も栄養不足から壊血病にかかっていたが、絶望の中から闘志を奮い立たせ

再度サハラに挑むことを誓う。ナイジェリアの首都ラゴスで邦人達の援助をうけて英気を養ない、

新たなラクダを入手して前回ラクダが死んだ地点から再び旅立つが、2週間後マリ共和国メナカ

地区で渇死した。資金も準備も充分とは言えず、冒険と云うよりは暴挙に近いが、青春の熱情に

溢れたその志を笑うことはできない。彼の日記を元にした「サハラに死す」は80年代初期の

海外を目指す多くの若者に読まれ、支持された。

その著作は、青年期の苦悩と活力に溢れていて全編何処を読んでも面白いが、隆の再起に賭ける

決意と援助してくれた人々への感謝に満ちた、ラゴス在留邦人に向けたお別れの文章の一部を下

記に記す。この一文に込められた思いを、彼の手記を読んでぜひ感じ取って下さい。

 

『自然それは征服されるためにある』と、考えていたヨーロッパ人。その一人のイギリス人が、俺と

同様にラクダで、お前の鼻をへし折ろうとした。しかし貴様は彼に死ぬ寸前までの苦しみを与え、イ

ギリスへ追い返した。そして、二人目の挑戦者、この俺を3000キロでノックダウンさせた。

 だが、サハラよ!

 俺は不死鳥のように、お前に何度でも、命ある限り挑む。

 正直に、お前に語ろう。恐怖に覆われた闇、お前に抱かれていた夜に、何度“死”という言葉が脳裏

で舞ったか。果てしなき砂の中、道もなく、人も住まぬ所で、我が友とするラクダが、別の世界へ去っ

たら・・・・考えるだけで恐ろしい。

しかし、それが貴様の魅力だ!だからこそ俺は貴様の虜になった、敵愾心に燃えた心に、ふと恐怖の

黒い雲が現れても、俺はそれを乗り越えて、この足は地平線の彼方へ一歩ずつ近づく。

『冒険とは、可能性への信仰である。』

こうつぶやき、俺は、汝を征服する。必ず貴様を征服する!それが貴様に対する、俺の全存在を賭け

た愛と友情だ

 

 きらめく星が流れ、優しき風が流れ、素晴らしい青春も流れ去る、流れ去る者は美しい、だから、

俺も流れよう。

 

やせたラクダが、ラゴスに来たのは昨年の9月、7ヶ月余りの滞在。多くの面で皆さまにお世話に

なりました。再びサハラに戻ります。定評ある(?)この時事速報の紙面を借り、お礼申し上げます。

いつの日か、風に乗って、この旅行の結果が伝わることを祈って。

                                 ラクダこと、上温湯隆 

 

参考文献

(1)サハラに死す−上温湯隆の一生 上温湯隆 時事通信社

隆のサハラ横断の全記録。彼の日記を整理した文章と彼の母親に検死結果が伝わるま

での記録から成る。青春を燃焼させ尽くした生命の記録として、後世に残したい逸品

母親による「我が子隆へ」と彼のアフリカでの後援者でもあった時事通信ラオス特派

員長沼節夫氏の「ラゴスのラクダ君」はどちらも読むに値する優れた後書きである。

特に後者で引用した、ラゴス日本人学校中等部に通う女の子の日記がイカス。

 

(2)サハラに賭けた青春−上温湯隆の手記 上温湯隆 時事通信社

17歳で日本をでて2年と4ヶ月世界中を放浪した隆の第1回アフリカ旅行記。

ヨーロッパ滞在は資金稼ぎが目的で、旅行目標はアフリカ。人種差別の体験や警官

との喧嘩、留置所入りなどかなりハードな経験をしながらも、独立直後のアフリカ

諸国の熱気を肌で感じ、自分は何を成すべきかを隆は常に自分に問いかけている。

大放浪」と同時期の作品だが、作品のカラーはずいぶん違い読者の好みの別れる

所。隆の方がより生真面目でストイック。その分、気楽に読み流すことの出来る本じゃぁないね。

 

(3)サハラに死す−上温湯隆の一生 上温湯隆 長尾三郎 講談社文庫

(1)の文庫版。編者の長尾氏はこの本をきっかけに、己の内なる修羅と向かい合っ

た男達の挑戦と死を描く『エベレストに死す(加藤保雄)』『マッキンリーに死す

(植村直己)』のレクイエム3部作を書いた。

面白さは「サハラ>マッキンリー>エベレスト」の順番かな。長尾氏自身の本では

生き仏になった落ちこぼれ」が一番面白いと思うッス。(1)と後書き以外は同じ

だが、アフリカで隆を援助した長沼氏が、隆の母「幸子さん」の隆死後の生活を書いた後書きは必読。

 

(4)冒険家の森 C.W.ニコル 田淵義雄監修 クロスロード 

砂漠編で隆の冒険行にかなりのページを割いている。隆の冒険に触発され、サハラ

横断の旅に出た飯田、児島組や紺野衆についても記載されている。実際に隆の墓を

訪れた紺野は、死の原因は現地の遊牧民に襲われ、ラクダと荷物を奪われたのでは

と感じているが、今となっては真相を知るすべはない。

紺野はラクダや動物の骨が散乱する墓を掃除し、小石でイニシャルを書いて、その

場を去るが、隆の遺骨は1984年、静岡在住のカメラマン広木武夫氏によって日本に住む母の元に

帰った。

 

(5)風の王国 五木寛之 新潮文庫 

20代を海外放浪ですごしてきた33歳独身のライターが、「歩くこと」を機縁として、

日本史の陰に潜む苦難と団結の歴史を持つ山の民たちの組織と戦いに関っていく、

幻想的な冒険小説。冒頭の大藪春彦ばりの冗長な車とナイフの描写を除けば、最近

小説をめっきり読まなくなっていたおいらでも、歴史背景の書き込みのリアリティー

と、主人公と年齢が近いこともあり、とても楽しめた作品。

主人公が北欧で出会い、生涯の目標とする人物として「」こと上温湯隆が登場。小説の中にも

サハラに賭けた青春」に記されている、現地警察に捕まってボコボコにされる話などが生かさ

れていて興味深かい。ただ、ヒロインの葛城哀さんが、いかにも頭の中で作ったような存在で、い

まいち女性として魅力を感じなかったのが残念。おいらが主人公の友人なら、絶対もう一人のヒロ

イン(テクテクの編集長)のほうを押しますね。(^^)

 

(6)生き仏になった落ちこぼれ−酒井雄哉阿闍梨の二千日回峰行 長尾三郎 講談社文庫 

39歳で比叡山に登って仏門に入り、昭和に入って最初の千日回峰行を成し遂げた豪僧

「箱崎文応師」の元で捨身苦行し、2度の千日回峰行を成し遂げた「酒井雄哉」阿闍

梨の半生を描いた作品。著者の長尾氏は隆の著作の紹介者でもあるが、氏の著作では

No.1の作品。中年まで何一つ完追したことのない、普通以下の男が事業の失敗や妻の

自殺といった悲しく無力な体験を経て、出家を志し、過酷な行を完追して、現代の生

き仏と称されるようになる過程が、深い感情移入と、尊敬を持って語られる。中年で比叡山に登った

変わり者の老僧を見守る年少の師や、自らの経験を酒井師に見、あえて過酷な行を科す箱崎師など、

周りの人たちの暖かさが伝わってくる。その己の無力さに、無力であることを知りつつひたむき

に挑む師の姿は、正直泣けます。同じ著者による、続編もありますが、文庫本になるのを待ってる

のでまだ読んでないです。(←ハードカバーで買ってやれよ・・)

 

(7)サハラ横断−苦闘の4150キロ、178日 飯田望 時事通信社 

隆の冒険に触発されて、サハラ横断の旅に出た同志社大学探検部の飯田望、児島盛之

によるサハラ横断の記録。特に後輩の児島は隆に対して非常に強い思い入れを持ってお

り、目的は「サハラ横断」ではなく、同じ条件で隆のあとを辿り、隆を超えること。

コース変更を「逃げた」と感じて落ち込み、ガイドを雇うことに対して「僕は今回この

サハラへは、死んでもいいという覚悟できたんです」と猛抗議するなど、当時の若者が

いかに熱い思い入れで隆の著作を読み、隆を肌に感じる存在としていたかが、伝わってくる。

同じコースを複数で、危険な箇所はガイドをつけた彼らでさえ、水が尽きて乾きに苦しみ、何度もラク

ダの逃亡と死に遭遇しており、隆のバックアップを持たない“サハラ単独行”がいかにリスクの大き

な旅であったかを再認識できる。隆の後を追い、単独行で紺野は隆の死を、現地人に襲われたのではと

考えているが、その様な襲撃が無くても、死ぬ可能性があったことを感じますね。

 

関連人物

・紺野衆 ・飯田望 ・児島盛之

 

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