井上清直(いのうえ きよなお)

1809 (文化6).11.〜1867(慶応3).12.24

 

 

注目理由

『江戸幕府がアメリカと結んだ条約は、ほんとは開国したくなかったが武力で脅されて、イヤイヤ

結んだ条約あり、騙されて治外法権、関税自主権のない不平等条約を締結したため、後の政府

は非常に苦労させられた。』つーのを学校で習いますが、

これぜんぜん間違ってます。嘘です。

ペリーがきた直後の日米和親条約と異なり、貿易協定や治外法権を含む「日米修好通商条約」を

ハリスとの間に締結した担当者「岩瀬忠震」と「井上清直」は積極的開国論者です。

治外法権に関しては当時の国法は封建社会維持のための非常に厳しい法律(株で10両不当たりを出し

たら死刑、10両盗んでも死刑)であり、国際法との差が大きすぎ自国法で外国人を裁くのは無理です。

10両つーたら、まぁ高くても百万円位ですから、その無茶さを感じることは出きると思います。

また関税自主権は、米国領事のハリスが関税の撤廃を目指す自由貿易主義者であったこともあり、

当初は日本に比較的有利な税率だったのが、その後、二人とその同志達が「安政の大獄」で左遷や

死に追いやられている間に改悪されてしまったのです。

 

幕府が潰れてしまったために、当時の幕府高級官僚達の業績はすべて無視されるか、明治政府の手柄

にされてしまいましたが、少なくとも日米修好通商条約は、列強(英仏)による日本侵略の迫る中、

米国との相互安全保障を含む条約締結に漕ぎつけたことによって、日本の独立を守り抜き

その後の発展の道を開いたとして高く評価されるべきです。幕府は潰れたが国は残ったのですから。

しかも、岩瀬や井上は「開国により幕府が潰れようとも、幕府より国が大事」、「外国に侵略される

より内乱の方がまし」とまでの覚悟を持って、逆風の中でこの成果をつかみ取ったのです。

 

当時の幕府海防係(外務省)担当役人としては川路聖謨岩瀬忠震大久保一翁が有名(?)ですが、

この時代を色々調べていくうちに、川路の実弟で岩瀬のパートナーである「井上清直」の重要性と

有能さに心を引かれだしました。

寺社奉行所の実務を永年勤め、卓抜した事務処理能から、寺社奉行を務めた歴代有力大名達の信頼

も篤く、自他共に幕府最高の頭脳を誇る岩瀬の、時代より10〜20年は進んでいるビジョンを正確に

把握できる優れた知性を有しています。さらに岩瀬の苦手とする根回しや周旋を代わりに行って

彼の実力を存分に発揮させ環境を整えたり、短気で高圧的なハリスに対し誠意を持ってねばり強く交渉

するタフネゴシエーターであり、さらに条約素案が決まった後、政変が起こり上司が開国消極派

井伊直弼になるのですが、メチャメチャ独裁者の井伊直弼を相手に直談判して全権委任の言質を取り

付け、自己の判断で条約を締結するほどの意志と覚悟の強さを持った人物です。

 

また、咸臨丸による太平洋横断計画が潰されそうになるのを何とか切り抜け、当初艦長に任命されていた

勝海舟の技量を正確に見抜き(勝は組織運営と数学が苦手なので海軍士官としては本当にダメダメ)、

木村芥舟を提督に任命して人事管理をまかせると共に、米人海軍士官と航海士でもあるジョン万次郎

を乗船させたことで、日本近海でしか操船したことのない連中が台風シーズンに太平洋を渡るという、

暴挙をかろうじて成功に導きます。

 

その後、井伊の存命中は左遷→人材不足による抜擢→また左遷を繰り返され、最後は幕府崩壊直前、西郷

隆盛の命令を受けた益満休之助等が江戸市内で強盗や強請、略奪、放火といった反幕テロを行って

いる、最悪の治安状態の中で江戸町奉行に就任し、寝食を忘れて治安維持に奔走した結果、病に倒れ、

辞職することもまま成らず、過労死してしまうのです・・。(T^T)

 

彼自身は、ほとんど記録を残していないため(ここが兄とは異なる)、完全に忘れ去られていましたが、

本当に立派な仕事をした人物というのは、断片的な資料の中にも足跡がくっきりと浮かび上がってくる

ものです。官僚、武士、日本人、男の何処から見ても尊敬に値する、知られざる「日本を守った男達」の

存在を、提示して行こうと思ってます。しかし、幕末の有能な幕臣たちについて調べると、みんな勝海舟が

業績を独り占めにしてる感が否めないよなぁ。

 

参考文献

(1)幕末5人の外国奉行−日本を開国させた武士 土居良三 中央公論社

幕府の外交官僚達について書かれた本の中ではベストの本。これ1冊読んでおけば、幕府

の外交官僚達がどれほど優れた人材かがよくわかる。井上、堀、岩瀬、水野、永井の5名の

官僚達を等分に描いているが、井上と堀に作者の強い思い入れが感じられる。井上に関する

本としては、今のところこれしかない。

自分は地道に井上に関する資料を集めていたので、この本の存在を知ったときは嬉しかった

と同時に自分だけの秘密を勝手にばらされた(笑)ように感じて、かなーり、ショックだった。(^^;

もっとも、自分は土居氏の以前の著作を読んで井上に興味を持ったので、文句を言える筋合いではない。

ちなみに井上は表紙手前右側の「井」の家紋の入ってる人物だと思うッス。

 

(2)下田物語(上)(中)(下) オリヴァー・スタットラー 現代教養文庫

ハリスの日本到着から、条約締結に至るまでの下田での生活を描いた作品。日々の細々と

した描写の中に、井上の活躍と苦労を伺い知ることが出来ます。ただ、物語としての面白さ

を優先するために、実際には別の日にあったエピソードを挿入したりしており、資料として

の価値が下がってしまったことがもったいないですね。

ちなみに表紙の青い服の人物が下田奉行「井上清直」。ここでも家紋は「井」ですね。(^^)

 

(3)岩瀬忠震 松岡英夫 中公新書

開国時に幕府の外交を理論と実績の両方でリードした、幕府最高の頭脳を持つ男。

日米修好通商条約を含む、ほとんどの外国との条約締結に関与しており、当時事実上の外務

事務次官。頭脳は素晴らしいが直言居士なので、清直や一翁といったしぶとい交渉力と調整

力を持つ人材とタックを組んだときに最高の力を発揮するタイプ。後に将軍継承問題が持ち

上がった際に、慶喜派の理論的リーダーとして政敵を論破して廻ったため、大老に就任した

反慶喜派の井伊直弼による安政の大獄のメインターゲットとされ、左遷の後、永蟄居(部屋から出ること

も許されない自宅監禁)を言い渡され、1年半後、44歳で病死した。下田に変わる開港地として横浜を選

定した人物でもあり、神奈川県の発展は岩瀬に依っている。横浜市民は岩瀬の業績をたたえるお祭り

毎年するべきだと思うッス。この本もすっごく良い本だが、現在は入手困難。松岡さんの歴史本は全部面

白いです。岩瀬に関するHPとしては、ここがおすすめですね。

 

(4)ハリス 坂田精一 吉川弘文館

ハリス側から見た日米修好通商条約を描く。ハリス自身エリートでもなんでもなく、NYで

の事業に失敗して、アジアをさすらっていた老年にさしかかった人物が再起をかけて臨んだ

のが、日本との条約締結だったことを知ることが出来ます。変な野心に燃えているわけでは

ない、このピューリタン的理想主義者が交渉相手だったことも、日本にとっては大きな幸い

でした。お互いを良く理解し合うまでは非常に付き合いにくい人物なのが困りものですが・・。

なお、ハリスが創設したNY市立大学にはハリスが残した日本の資料がかなりあるようです。

 

(6)咸臨丸海を渡る 土居良三 中公文庫

土居氏の祖父は、福沢諭吉と同様に「アメリカにつれていってください!!」と出港直前の

木村摂津守(芥舟)のもとに押しかけ、咸臨丸で米国に渡った人物。著者にとって、咸臨丸

の航海をたどることは日本の歴史だけでなく一族の歴史を再確認することでもある。

あの高慢な諭吉も木村には死ぬまで旧主に対する礼を尽くしているが、同僚だった土居氏の

孫により、忘れられていた幕臣達の業績が再評価されたことを思うと、「情けは人のためな

らず・・」の真の意味が分かる気がする。おいらが「井上清直ってすげーんじゃねーの?」ッてことに

気づきだしたのもこの本から。

 

(7)江戸奇人伝 氏家幹人 平凡社文庫

タイトルは変だが中身は井上の実兄川路聖謨(としあきら)の日記を元に川路家の日常生活

をわかりやすく紹介したもの。二人は武田の遺臣の末裔で農民と武士の中間のような半端な

地位からガッツで幕府の御家人(下級幕臣)になった父、内藤吉右衛門から星一徹ばりの英

才教育を受けて育ち、無役の旗本の養子になった後、実力で兄弟二人共官僚としては最高の

出世を果たしました。

父は勉学に関しては非常に厳しかったようですが、子供の教育費のため自らの食費を切りつめ、川路の記

憶では父がお酒を家で飲んだのは1回だけ。それも当時6歳くらいの弟、新右衛門(井上清直)が父が呑

む前にひっくり返してしまうのですが、特に怒るわけでもなかったそうです。

息子達も親の愛情と期待を受け止め、死ぬまで仕事だけでなく学問や武芸もに励みます。井上などは茶道

の手前もかなりの物だったようです。ちなみに江戸末期では戦国時代と異なり、よほど教養と経済的余裕

のある大名くらいしかやってないもので、井上の日々の研鑽と高い教養が伺えます。

川路に見られる当時としては過剰なまでの武士的美意識や井上の常に命がけで仕事に挑む姿勢には武士で

あることにこだわった父への思いがあるのかも知れませんね。

 

(8)大久保一翁 松岡英夫 中公新書

日米修好通商条約締結時には、清直が地道な調整を苦手とする岩瀬忠震のパートナーとして

指名されたわけだが、最初に岩瀬が大抜擢された際、岩瀬のパートナーとして選ばれたのが

大久保忠寛(後の一翁)。「汚職しないとやっていけない長崎奉行なんかに就けるか!」と

超エリートコースを自ら蹴飛ばしたため、左遷されて安政の大獄での処罰を免れ、幕府瓦解時

には自らが引き立てた「勝海舟」と共に、江戸城無血開城、幕臣の静岡移住といった難事業を

成し遂げた。外交経験の中から開国の必要性を認識した岩瀬、井上らと若干異なり、蕃書調書(幕府の翻訳

方)での情報を元に、沈思黙考の末、到達した独自の「大開国論」「大政奉還論」は、勝と坂本竜馬に

よって喧伝され、一部は実行に移された。しかし、自ら語らなかったこともあり、業績のほとんどが勝と

竜馬のものになっているのはちと残念。別の見方をすれば、人の言う事をまったく聞かない勝を納得させて、

勝の実力を存分に発揮させる事のできた唯一の上司であり、それだけの理論と実行力を持っていたわけだ。

無位無官の浪人である竜馬に最新の知識(開国論もそうだが、竜馬が持ち歩いたとされる万国公法論も大久

保経由)と実現性のある理論を「直接」に伝えたのも凄いね。

すべてが終わった後になってからみれば、薩摩すらまだ幕府側にあった明治維新の5年も前に、

「開国は不可避であり、駆け引きを取るのではなく、実直に開国論を朝廷に説くべきである。容れられない

時は、徳川は政権を朝廷に返還し、駿河、遠州、三河の一大名に退く。政治は諸侯による合議制に委託する。

それでも徳川を討とうとするならば、勝敗はかまわず断固戦う。」と説いた、先見性は凄すぎですな。

 

(9)軍艦奉行木村摂津守 土居良三 中公新書

勝海舟と一緒に日本人による咸臨丸の渡米を推し進めていた清直(たぶん)が、「こらー、勝

だけじゃぁ、いつか仕事を投げ出すかも知れんから、ちゃんとした人を上につけて交渉ごとは

その人にやってもらおう。」と判断し、勝(艦長)の上に「提督」として置いた人物。

勝からしてみれば、出向直前にやってきて自分の上に立ったむかつく人物だったためか、無能

扱いしている事が多いが勝よりは年少だが大人な、なかなかの人物。いきなりやってきた福沢

諭吉を従者にしてアメリカに連れて行った事でのみ有名だが、インフルエンザと船酔いで寝たきり、しかも方

位測定が苦手で艦長としてはまったく仕事をしてない勝と異なり、副使としての大役を果たした。帰国後も幕

末最良のテクノクラート小野友五郎を引き立て、明治政府にまで引き継がれる海軍増強計画を立案するが、

「立派な計画だが、実現するには百年かかる」と老中会議で言い放った勝海舟によって潰され、海軍を去った。

勝海舟とは憎みあい、時には命がけで協力しあった複雑な関係。咸臨丸の航海だけの人ではなく、江戸城受け

渡しの際には勘定方代表として幕府資産を新政府側に引き渡すという大役(嫌な仕事だ)を勝、大久保の依頼

を受けて見事に果たした。福沢諭吉は彼を生涯の恩人とみなして生涯家臣として忠実に仕えており、諭吉には

良いとこもある。この本は、福沢諭吉と同じく、芥舟の従者にしてもらってアメリカに渡った土居氏の孫による、

一家の恩人「木村摂津守」の唯一と言って良い研究書。その業績の多くをこれまた勝海舟に奪われた形で忘れ

去られた、有能かつ温厚な人物の生涯を好意的視点で綴る。

 

(10)咸臨丸航海長小野友五郎の生涯 藤井哲博 中公新書 

数学家としての頭脳と卓抜した技術力、事務処理能力によって陪臣から幕臣に取り立てられ、勘

定奉行という官僚としての最高位に抜擢された幕末最高のテクノクラート(技術官僚)。咸臨

丸の航海、木村摂津守との海軍増強計画など日本海軍揺籃期の真の立役者の一人。勝海舟が一方

的にライバルと思い込んでる為、技術官僚としては無能でも時勢が混乱し「混乱の調停者」と

しては日ノ本に替わりになる者の無い勝が表に出てくると、常に勝の嫌がらせにあうことになる、

不運な人物。最終的には、勝が鳥羽伏見戦後の幕府指導者になった事により、鳥羽伏見戦のA級戦犯として(

現地に居なかったにも関わらず)投獄されてしまう。下獄後、当時の技術力の必要な最重要課題である“鉄道

敷設の調査員”として、現在の東海道線、東北本線敷設進言に大きな役割を果たした。晩年は製塩事業に注力

したが経済的には不遇であったという。勝は自らを海軍の創始者であり技術官僚であったと喧伝しているが、

実際は数学が出来ず、同僚への嫉妬心が強いため組織の中間管理職としては全く無能で平時には役に立たない

人物だが、当然本人はそれを認めたがらず、自分を追い越し常に「本来自分が居るべき場所」に座っている

友五郎に激しい敵意を抱いていたようだ。また、友五郎と2度も米国に渡った福沢諭吉も語学力が不十分な

ため翻訳者として役に立たないわ、仕事はすぐ怠けるわ、500ドルもの公金を持ち逃げされたうえに、莫大

な私物の送料(大砲2台分に相当する大金)を公の送料に紛れ込ませて横領しようとして友五郎に告発される

など、碌な事をしていない。若気の至りとはいえ、かなり最低。しかも自著では自らの悪事を糊塗するため

友五郎を悪人扱いする事もあるなど「歴史とは勝者のものである」ということが良くわかる。本著は在野の

史家による友五郎の唯一の研究書。同著者の「長崎海軍伝習所」との併読を進める。著者の勝への指摘は正論

だが若干酷に過ぎる点がある事は「幕末5人の〜」等を参照のこと。このバカ長い説明文を見てもわかるように、

相当素晴らしい本だがこれも絶版。何とかしろ中公新書!

 

(11)陽だまりの樹 手塚治虫 小学館 

緒方洪庵の適塾に学び、江戸に種痘所を設ける上で業績のあった手塚治虫の祖父「手塚順庵

と彼とは時に反目しながらも武士の矜持を貫かんとする熱血漢「伊武谷万二郎」の二人が主

人公。陽だまりに立ったまま朽ちようとする大樹に“徳川幕府”をなぞらえ、理不尽かつ凶

暴な運命が吹きすさぶ幕末を、無力なりに己の意思に忠実に一生懸命に生きた庶民の視点から

描いた良著。手塚の長編に見られる暴走や中弛みも無く哀惜漂うラストまで一気に読ませる。

手塚の作品ではBJを別格として個人的には一番好き。(2番目は七色インコだな。)万二郎がハリスの警護

役を長く務める事もあり、有能かつ実直な上司として井上清直漫画のキャラクターとして登場する。兄

川路聖謨も登場するが、兄弟と紹介される事も無いためあんまり似てない。ハリスとの交渉役に岩瀬が殆

んど登場しなかったり、通詞件交渉役である森山が井上の上位に当たるいやーな高級官僚として描かれてい

るなど漫画用にいじられてはいるものの、特にハリスの描写はなかなかと思う。

 

(12)幕末遠国奉行の日記−御庭番川村修就の生涯 小松重男 中公新書 

勝海舟すら幕府に居た4人の有能な官僚の一人として岩瀬や小栗と共に名を上げている人物。

長崎など重要な幕府直轄地の遠国奉行を果たした後、北方の武備の為に新たに直轄地となった

新潟の初代遠国奉行として派遣され、新潟の整備と発展のきっかけを作った。ペリー来航前

であるが海防の必要性を説き、優れた砲術家として砲台建設や後進の育成にも努めた。幕末、

外交官僚として活躍した村垣淡路守は彼の甥。川村の旧部下で弟子でもある「若菜三男三郎

は下田奉行所組頭(副奉行)として井上、森山らと共にハリスとのタフな交渉を戦い抜き、日本近代化への

貴重な時間を確保することに尽力した。日本に密入国してきたネイティブ系米国人から英語を学んでおり、

ペリーとの交渉時に実は英語がペラペラだった通詞の森山や、兄である川路から日露交渉の機微を知らさ

れていた井上と共に、下田の対米交渉担当者が、それぞれ何時か来るであろう対外交渉の日の為にひそかな

準備と修練を行っていたことを感じる。でも、川村さん自らの海防強化の意見が入れられないからといって、

さっさと隠居しちゃうのは如何なものか。まぁ、当時はこれが普通といえば普通ですけどね。

 

(13)落日の宴−勘定奉行川路聖謨 吉村昭 講談社文庫 

清直の実兄で、幕末の有能な幕臣といえば真っ先に名が挙がるのが川路聖謨(かわじとし

あきら)。貧乏旗本の家に養子にいき、優れた文官、外交官、財務長官というべき勘定方を

歴任。最後は鳥羽伏見の戦いで幕府軍が敗れたことを知り、幕府崩壊を見るに忍びず、腹

を切った上で拳銃により自決した。本書は彼とロシア使節プチャーチンとの外交交渉、その

過程でお互いに生じた尊敬と不思議な友情を軸に、激動の時代を誠実、職務に尽くした人物

を描く。吉村さんの作品なので手堅くかけているものの、彼の生真面目さゆえの、ひょうげた可笑しさや、

マザコンだったり女房にべたぼれだったりする微笑ましいキャラクターの部分がもうちょっとかけてても

良かったのになぁと思う。しかし、ハリスとかと比べると、プチャーチンって洗練された紳士だよなぁ。

清直の死のシーンも描かれており、激務のさなか落命した彼の失意と無念を窺い知ることができる。

 

(14)唐人お吉−幕末外交秘史 吉田常吉 中公新書 

題名の唐人お吉だが、ここでいう唐人とは後のラシャメンつまり外国人と静的関係を持った

女性のこと。本著はペリーの来航を契機に発生した、外国人と日本人女性の交渉史を倫理、

治安の問題や、混血児の国籍とその待遇、後の国際結婚へ至るまでの諸問題までを、お上の

命を受けて気の添わぬ異人に身を任さねばならなかった(とされる)一人の女性を核に描い

た、かなりしっかりした研究書。日米関係が悪化すると、薄幸だったお吉の生涯が取りざた

されるとの指摘には、なるほどとうなづかされる。

 

(14) 官僚川路聖謨の生涯 佐藤雅美 文春文庫 

調所笑左衛門の著者による川路を主人公にした小説。川路の出世のきっかけとも言われ

る「仙石騒動」についても詳しくかかれており勉強になります。何よりおいらと史観が近い

ので非常に読みやすい。阿部が最近の作品にしては辛辣に描かれているが、堀田と家茂の描

写や、慶喜のへたれっぷりはグー。清直ネタでは、上洛後、朝廷側に囚われたも同然の将

軍家茂を救出すべく、小笠原長行と一緒に軍隊を引き連れ軍艦で京に乗り込もうと、武力

行使を企て、敢行する姿が描かれる。政治にあまり関わらず、官僚としてひたすら実直に生きてきた男が、

お家の危機に生来の慎重さをかなぐり捨てて、一発逆転にかける姿がイカス。ここで京への進軍を断行し

ていたら、日本の歴史も大きく変わっていたように思うッス。

 

(15) 流離の譜 滝口康彦 講談社文庫 

主人公は清直と一緒に将軍救出のため京に乗り込もうとした小笠原長行。唐津藩主の実子

に生まれながらも、不運な運命から中年になるまで飼い殺し同然の身の上。幕末動乱の最中、

その明晰さを買われて抜擢され、末期の幕府運営に開明で実行力の有る老中として関わった。

京への進軍を断行できなかった点が惜しまれるが、元々学者肌の人であり、第二次長州征

伐での駄目指揮官ぶりから考えても、やっぱ強行は出来なかったと思う。友五郎同様、敗

戦の生贄に挙げられるのを予期し函館戦後は地下に潜伏。死亡説、米国亡命説などが流布されたが、3年間

も足下の江戸に潜伏していた。子息の小笠原長生は後の海軍中将。日露戦争のスポークスマンとして東郷

元帥や秋山、広瀬らのエピソードを記録するとともに、晩年は貴族院の黒幕として暗躍した。本書に書か

れる生まれた直後に実母から引き離された繊細な幼児と、青年期の人懐っこい海軍士官、下母沢寛の聞き

書きに良く登場する洒脱な老人とのつながりについては、今後押さえて行きたい所ですな。

 

(16) 怒涛逆巻くも−幕末の数学者小野友五郎(上)(下) 鳴海風 新人物往来社 

主に和算家たちを主人公として取り上げる異色の歴史作家が、和算家にして幕末最高のテク

ノクラート小野友五郎を主人公として取り上げた作品。当然藤井氏の著作を下にしているが、

友五郎を小栗上野介忠順のブレーンとして描いているところがミソ。小栗派なので当然、

勝海舟はある種の先見性と演出力はあるが、ちょっと軽薄な、はったり屋として描かれている。

清直は小栗のように理詰めで押すのではなく、人間としての信頼関係を軸に、次第に相手を

自分のペースに引き込んでいく、老練で実力と理解力のある外交官、上司として所々に登場。どっちかと言

えば友五郎ら寄りに描かれている。個人的には、友五郎の友人であるジョン万次郎についてもっと知りたく

なりましたね。万次郎や木村芥舟ら、友五郎が好意を持つ人物らへの、好意的視点が心地よいですが、その分、

勝や大久保一翁はちょっと辛らつにかかれてて可哀想。まぁ藤井氏の本ほどではないから良しとしましょう。

思ったより和算関連の記載は少なく手堅い幕末小説として読むことが出来ます。出来れば明治以降(たとえば

主要鉄道線を東海道線に決める件とか)についても書き込んで欲しかったが小栗のブレーンとして描いている

ので、無理だったんでしょうねぇ。

 

(17) ヒュースケン日本日記1855-61 H・ヒュースケン、青木枝朗 岩波文庫 

ハリスの通訳件秘書として日米修好通商条約締結時に活躍したヒュースケンのニューヨーク

出発から、暗殺による死の一週間前まで(中断あり)の日記。清直は奉行として、彼らにとって

はタフで時に理不尽な交渉相手として登場。「陽だまりの樹」のわがままで好色なイメージが強

かったが、日記の印象はかなり異なる。オランダで食い詰めた後、成功を夢見てアメリカに渡っ

たものの食うや食わずの毎日。日本における蘭語−英語通訳件秘書の仕事をようやく掴み、世界

の果てへの旅に出発。悲観や後悔のみが綴られてもおかしく無い状況下にあっても、失望したり、ひねくれる

事なく、能天気にすら感じられるくらい明るく行動する青年の姿が浮かび上がってくる。青年らしいロマンチ

ストさなど紀行文として読んでもなかなか楽しい著。ヒュースケン自身は、自分をアメリカ代表ではなく、「オ

ランダ人」と認識しているのも、当然とは言え、興味深かった。ちなみに、清直自慢のお手前(お茶)は非常

に不評でした。(笑)

 

(18) 海の祭礼 吉村昭著 文春文庫 

西洋人の父とネイティブアメリカ人の母との間に生れたマイケル・マクドナルドは、混血児

ゆえに郷里での成功に見切りをつけ船乗りとなる。そこで日本人漂流者の話を聞いたマクドナ

ルドは“日本こそ我々同胞(ネイティブアメリカ人)の真の祖国“と思い、言葉も通じぬ閉ざ

された国への単身潜入を敢行する。鬱屈と冒険心から見知らぬ祖国(勘違いですけど)を開

国に導くべく、善意だけを抱いてやって来た一風変わったアメリカ人と、図らずも彼から生

 の英語を学ぶ事となった通詞森山守之助の交流を描く。幕末のほぼ全ての対外交渉に当事者として応対した

No.1通詞にして優れた外交官であった森山の語学の背景に、無名の混血青年の熱情があったという事に歴

史の深さと面白さを感じる。これで題名がもうちょっとわかりやすければ良いのにねぇ。なお、「下田物語

では森山は明治の世になって商人として成功したように書いてあったが、激務の為、50代で老衰して亡く

なっているとの事。うわ、すげぇショックだよ。

 

(19) ペリー提督 海洋人の肖像 小島敦夫著 講談社現代新書 

「太平の眠りを覚ます 上喜撰・・」と謳われ、日本人なら誰でも知ってるペリー提督。150年

後の未だにアメリカ流強圧外交の代名詞のように語られる彼が、周囲の無理解と非協力の中、

如何にして日本の開国という難事を成し得たかを、海軍創設期のメンバーでもある暴れ者の父、

護国の英雄にして34歳の若さで亡くなった兄ら、郷里を含む周囲の海洋人としての風土での

成長過程を背景として描く。著者の現地を含む綿密な取材と海での生活体験が生かされた好著。

米国海軍への蒸気船の導入そのものがペリーの功績というのは、もっと前から蒸気船を使用している様に

思っていたのでちょっと驚いた。そういう意味でも冒頭の狂歌って、図らずもペリーの業績と日本側の衝撃を

余すところなく伝えていて凄いよな。なお、米国だとペリー提督といえば、お兄さんのオリバーを指す事が

多いとの事。なるほどねぇ。

 

関連人物

・川路聖謨 ・岩瀬忠震 ・ハリス ・安部正弘 ・大久保一翁 ・小笠原長行

 

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