ベトナムに思う

杉山龍丸

 

 

「ベトナム」!

その文字・その声・メコン河のデルタ・灼熱の太陽が、河岸の黒い土

に映えるところ。

何か顔にベットリ、油汗と、ギラギラしたものが塗りつけられるよう

な気がする。

一九四一年の十一月、輸送船に乗せられて、サイゴンで放り出され、

ボソボソの搦を食べて、プノンペンシエムレアと、自動車で横断し、ま

た、一九四二年にサイゴンから船で日本に帰国し、一九四五年、日本軍

の破局のとき、南方総軍指令部参謀部の一員として、ベトナム・カンボ

ジア・ラオスの各飛行場の整備に自動車旅行した思い出と、一九六三年

インドから帰ったとき、マッカーサー指令部の顧問であった、BC

モーア牧師と、約四時間、ベトナム問題で議論した思い出が重なる。モ

ーア牧師は、米国には、アメリカ西部と南部のフロンティアの経験があ

るから自信があるというのに対して、私は、

「アメリカのフロンティアは、広大なアメリカ大陸において、何百万に

過ぎないインディアンを虐凄した歴史ではないか。

アジアは二十億の民があり、ベトナムは、その一つである。

貴方は二十億のアジア人を虐殺する自信があるというのですか?

それは不可能でせう。

ベトナムの人々は、食うのにも、住むのにも、困らないのです。

それに、何をアメリカは与えるというのですか?

それは底なしの泥沼に、ぶちこむようなもので、解放できないのみか、

アメリカの生命とりになるでせう。」といったが決裂してしまった。

その直後にベトナムの僧の炎死があり、ゴジン・ジエム政権はぶっつ

ぶれ、チュー政権が出来、ベトナム戦はエスカレートした。

ベトナムの戦いは、ベトナム人同志の欲望と権力争いから起っている。

ニッパ郡子の竹の家から、近代的な生活をしたいという欲望も、フラ

ンスの殖民地から解放された人々の希望も理解できる。

しかし、赤ん坊にパンを食べさせても下痢して死ぬのみである。

そればかりでない。ベトナムの戦いは、ベトナム人の欲望を利用して、

米国、フランスが第二次大戦で膨大な量をつくった軍需産業の捨て場で

あり、国家杜会資本王義と、自由国家資本主義の欲望の対象でもある。

例え米ソが手をひいても、ベトナム人の欲望は残る。

日本にベ平連が出来た。

しかし、それは、いったい何であったのであろうか?

多くのアメリカ逃亡兵を、外国に逃がした。

紅はこべ、その他色々ヒロイスティックな、言葉、平和、正義、人道

主義等が叫ばれた。

それは、ベトナムの戦いを利用したのではなかったか?

本年の五月八日、ティ神父とティック・マンダーラ尼の話を福岡で聞

いた後、同行の人々に、感想を聞いたとき、

「ベトナムの人々の気の毒なのは良く判ったが、しかし、ベトナムの

人々の戦いは、これからもつづくのでせう。

政治犯も、また孤児も沢山でるのでせう。

それを、一体ベト大ムの人は、自分達で、どう考えているのでせう、

聞いているうちに、どうにもならない気持に胸一杯になって、どうし

ようもなくなりました。

一体ベトナムの人々は、どうしてゆくのでせうか?

インドのガンヂー・アシュラムの孤児は、自分で鍬を振って、インド

の枯渇した大地に生きようとしているのに!

ベトナムの人々は、只、助けて呉れと、いうだけで。」

と、いうことであった。

べ平連の目米市民会議の一行が福岡の九大講堂で講演会を行ったとき、

一高校生が最後に手をあげて、

「皆さんは、大変偉い方達で、立派なことを、沢山いわれました。

しかし、皆さんは、この会が終って、今から、福岡の中州の歓楽街で

一杯飲まれるのでせう。

私は、多くの平連の連動その他の人々を、じっと見てきましたが、す

べて、会が終ったら、同じようにして居られますが、それで、平和が出

来るのでせうか?」

と、質問したとき、皆ワッと大笑いしたが、誰も答えられなかった。

べ平連が、市民連合として、果した役割は、明治維新以来、国民、市

民が、民王々義として、自らの王権を自王的に行動する契機と、方法を

与えたことは、大きな意味があると思うが?

しかし、アジアの国民には、どう映ったであらうか?

アメリカ逃亡兵の将来はどうなるのであらうか?

アジアの飢饉は、第二次大戦の戦地、戦災者の数より、多い数の餓死

者を僅か一年で出している。

べ平連はそれに一顧だに与えていない。

今年から、ベトナムの米ソの直接援助による戦いはないが、ベトナム

の戦いは続く。

しかし、アジア全体、百年に一回という、飢餓が、アジアのみでなく、

全世界の異常乾燥という問題が迫っている。

昨年のインド旅行で、多くの餓死体を見た。

これらの人々は、声なくして餓死し、大地に帰っていっている。

アジア、二十億の声なき人々に対して、べ平連は、ベトナムは、どう

しようというのであらうか?

自らの欲望に火をつけて、狂っているとしか思えぬ。

ベトベトの底なし沼の中で。

アジアは、飢饉の戦いと近代化への欲望からの戦いが、どこまで続く

のであらうか?

 

 

声なき声のたより 56号(1973815日発行)

 

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